どてらいやつらは止まらない−『アンストッパブル』感想

渋東シネタワーにて、『アンストッパブル』を観てきました。(Dir. Tony Scott, 2010, 米)

以下、観てきたばかりの感想を書きます。内容に触れていますので、未見の方は注意!

いやー、面白かった。

無人で走り出しどんどん加速していく貨物列車(有毒化学物質搭載)を、新米車掌とベテラン機関士がなんとか止めようとする話。

粗筋紹介が一文で済むって素晴らしいです。シンプル・イズ・ベスト!

これ、はっきり言って人災と悪運が積み重なって起こった事故なので、悪人は一人も出てきません。
ちょっと自分の仕事にだらしない奴や、会社の利益を第一に考え、町の人々の命を危険に晒す社畜のみです。

しかし、この「だらしない奴」の描き方がすばらしかった!!
なんていうんでしょう、画面に大写しにされるボンクラの顔!
事件の発端となったのは、貨物列車を運転していた運転士が進路を自分で切り替えようとして、ちょっと列車から降りたことです。そのすきに、列車がどんどん加速していきます。さらに悪いことに、そういう場合は自動的に列車を止めてくれるはずのエア・ブレーキをかけるのを、この運転士は怠っていたのです。忘れたとかじゃなくて、めんどくさかったから。

加速していく列車に、この運転士の彼はモタモタして乗り移れません。
肥満体型のせいもあるでしょうが、なんといっても気合が足りない。そんなことを思わせるなんとも言えないだらしない風貌が、観客のイライラを高めます。悪人が登場しないこの映画で、「なんでこんなことが起こったのか?!」という観客の疑問を受け止めるスケープゴートの役を完全に演じきったこの役者さん(Ethan Supleeさんというそうです)は、ほんとうに凄いと思います。

同僚と車で列車を追いかけ、「車から列車の運転席に乗り移ってブレーキをかける」という計画のときも、自分は車の運転手に回って、飛び乗り役は精悍な同僚にさせようとしますからね

しかも、ベテランの機関士ジャッドが暴走列車の前にほかの列車を付けて速度を遅めようと奮闘しているときも、"Go Judd, you can do it!"なんて煽ってるんですよ、中継テレビを観ながら。結局、ジャッドの乗っていた列車は暴走機関車の勢いに負け脱線し、炎上してしまいます。自分の怠慢のせいで、人が一人死んでしまった。そのとき無責任にけしかけていたこの運転士もさすがにショボンとバツの悪そうな表情をしている。そこで本編におけるこいつの役割は終了です。 

さいごエンディング・ロール前に、「彼はファストフード産業に転職しました」って出るんですけど、いやー、ふつう転職じゃ済まないよねっ。業務上過失遺棄かなんかで収監されるよねっ。この運転士にお咎めなしというのは、映画ならではだと思いました。

で、結局は本編の主役であるベテラン機関士のフランク(デンゼル・ワシントン)と新米車掌であるウィル*1(クリス・パイン)に、暴走列車とそれが向かっている街の住民の命運は託されます。

自分たちが乗っていた貨物列車と暴走列車の衝突事故を避けたあと、この二人は再び暴走列車をバックで追いかけます。その過程で明らかになる二人の抱える人生の悩み。ウィルはDVを行なうとしたと誤解され、妻への接近禁止命令が出ているし、なんとフランクにいたっては72日前に「あと90日でクビ」と鉄道会社から言い渡されているのです。*2このフランクへの早期退職命令に、現代アメリカに限らない労働者の雇用問題が表れていると思いました。

しかしフランクは、会社のためではなく、被害を受けるであろう人すべてのために、自分の28年の鉄道勤務経験と、勇気と、命をもって暴走列車を止めようとします。

「あと三週間でクビになる会社のために、そこまでするというのか?」思わず聞く鉄道会社の管理職。
「会社のためだけじゃない」、こう答えるフランクの顔に溢れる、でもやるんだよ精神!!

このキメ顔を観るだけで、胸が熱くなりました。

ウィルもフランクのプロの鉄道マンとしての矜持にうたれ、覚悟を決め、自分の命を賭けてでも暴走列車を止めようとします。ここで観客は、"Unstoppable"(「止められない奴」)というのは、貨物列車だけではなく、自分の仕事に命を賭ける彼らのことをも指しているのだと知ります。

でも最大の功労者は、フランクでもウィルでもなく、猛スピードで車で暴走列車に併走し、ウィルをいったん車に乗り移らせて、ふたたび列車の最前列の運転席まで連れて行ってブレーキをかけさせたネッドという鉄道職員だと思うんですよね。

このネッドは、"It's all about precision"(「正確さが問題だ」)と最後にスピーチしています。最初にブレーキ操作を怠って人災の元凶を作った運転士に聞かせてやりたいですが、「映画からなんらかの意味を引き出したい」とか「なんとか物語世界に合理的な説明をつけたい」と思っている私のような輩のために、トニスコ監督が付け足した教訓だと思えなくもありません。

実は睡眠不足で予告編のとき若干眠かったのですが、この映画が始まってからは終始パッチリ目が覚めたままでした。最初から最後まで暴走列車の勢いが止まりません!運転席のフランク、ウィルと、女性鉄道管理官とのプロ同士のやり取りもスリリングでした。

あとやっぱり、赤い暴走列車の凶暴な存在感!轟々と音を立てて走り去る姿に思わず鳥肌が立ちました。なんと車体番号が幸運を表すスリー・セブンなんですよ!! 悪夢か!

100分のジェットコースターとでもいうような爽快感が味わえる映画でしたね!(←誉めている)




※感想タイトルの「どてらいやつら」というのは、町田町蔵のアルバム・タイトルからの引用です。この映画とは関係ないけど、この映画の持つ勢いみたいなものを表すのに最適な言葉だと思い、使わせていただきました。

どてらいやつら

どてらいやつら

*1:意志を表す"Will"という名前であることには意味があると思った。

*2:フランクには娘が二人いて、なんと二人ともあの、ウェイトレスさんたちのチアリーダーのようなユニフォームで有名なハンバーガー・レストラン、フーターズで働いているという設定。フランクは長女が誕生日に一緒に出かける相手を気にするほど厳格な父親なので、そんな彼がフーターズで娘を働かせているということは、アメリカでは健全な就労先として認められているのかと思った。列車を右往左往する父親の奮闘を、娘二人はフーターズでただ見守って待つだけ、という設定はちょっとマッチョな感じがした。