(ネタバレあり)あいつはどうクズだったのか?-『六人の嘘つきな大学生』感想

浅倉秋成の『六人の嘘つきな大学生』(2021年、書き下ろし)を読んだ。

 

以下、ネタバレ感想。

 

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IT企業スピラリンクスの最終選考まで残った6人が、震災を理由に内定者を1人まで絞ると宣告され、グループディスカッションでその1人を学生たち自ら選考することになる。会場となった会議室に謎の封筒が置かれていて、6人それぞれが過去犯した罪の告発状であった。30分ごとに区切られた投票システムで内定者を決めるなか、封筒の中身が明らかになるにつれ、1人、また1人と脱落していく。告発をおこなった犯人は誰か、また、誰が内定者になるのか…というサスペンスだ。

 

前半にそれぞれの「罪」が暴露され最悪の人物像が提示されたあと、最後に「罪の実情と、その罪を犯したとされる人の実像」が明らかになる。そして、「こんな罪を犯したけど実はそんなに悪い人間じゃなかった」ことが示される。しかし、最後まで「真の罪」が明示的に示されない人物がいる。ネットを探しても言及してる人がいなかったので、以下、ネタバレしながらその人物が「どうクズだったのか」の考察を行う。

 

前半の語り手である波多野は、告発を行った犯人である九賀により、「新歓コンパの花見での未成年飲酒」の罪を告発される。それは、就活生の親睦会で酒が飲めない蔦の前に、大きなデキャンタを置き飲ませていたことへの意趣返しであった(実は中身はアルコールではなくアルコール分を含まないウェルチであり、酒を飲めない九賀が勘違いしていたことが明らかになる)。

 

九賀が波多野の比較的軽い罪を告発したのは、上述の意趣返しもあったが、ほとんど経歴上のダメージにならない軽い罪に設定することにより、「犯人本人だから自分の告発状には軽い罪を書いたんだ。内定を取るために」と他の者に思い込ませ、告発写真を撮った日付のアリバイがない彼に罪をなすりつけるためでもあった(ほかの人の罪は堕胎強要やいじめ等、陰惨なものである)。

 

偽の犯人に仕立て上げられた波多野の罪は、彼が悪性リンパ腫で亡くなったこともあり、結局最後まで明らかにならない。しかし九賀は「犯人に仕立て上げるために波多野の封筒には花見の写真を入れたけど、本当は彼だって裏でとんでもない非道を働いていた」(p. 228)と当時を聞いて回っている蔦に述べる。

 

そして、波多野が裏で働いていた「とんでもない非道」は明示的には示されない。しかし、以下の二点から、ヒントは示されている。

 

・波多野が借りていたレンタルロッカーから、『ヨウイチ』と書かれたゲームソフトが出てきたこと(この借りパク事件は、前半で自分の罪に思いを至らせた際に、波多野も自己申告している)。

・波多野が面接の場に置かれていた蔦への告発状を持ち去ったこと。

 

物語の前半で、波多野は蔦への告発状を持ち去ったあとに、こう述べている。「どうしても蔦さんの悪事だけは見つけることができなかった。だから自分で封筒を持つことにした。最後で開けなければこの封筒の中身が『空』だってこともバレないから」(154)、「僕は蔦さんに入れる(投票する)」。これを読むだけだと、開封しないことにより蔦の罪を隠すことで、好意を抱いていた彼女を内定者にしようとしたのだと解釈できる。

 

しかし終盤、九賀が告発の犯人であったと物語上で明らかになったあと、波多野のロッカーの下部から、スピラリンクスの人事担当に選考の再考を求める未投函の書面が見つかる。「晴れて内々定となりました蔦衣織氏に対する告発内容が気になっているのではないでしょうか。私が持ち帰った封筒を同封いたしますので、ご確認いただければ幸いです(何を隠そう、グループディスカッションの際には、この封筒を円滑に持ち帰るために、自身が犯人であると罪を被るような発言をしました)」(p. 292-3)。

 

つまり、波多野は蔦を庇うためではなく、人事に蔦の弱点を知らせ、選考会の無効を訴える証拠とするために持ち帰ったのだ。しかし、その後もこの文面を結局人事には送らなかった。、

 

この波多野の行為により、蔦は内々定を手にするが、自分を告発する封筒の中身は何だったのかという疑問に、彼女は何年も苦しむことになる。なにしろ彼女自身には何も心当たりはなかったのだから。

 

『ヨウイチ』と書かれたゲームソフトをロッカーの中に保管していたことから、これは単なる借りパクではなく、意識的に返さなかったことも示唆される。

 

つまり、波多野の罪、というか犯罪的傾向は「人の大事な物を盗んで返さない」「他人の秘密を自分だけのものにし、他人の人生をコントロールする」ことだったのではないか。

 

ただし波多野の罪(犯罪的傾向)は明示的には示されず、あくまで読者が数々の事実から類推できるだけになっている。また、波多野が結局人事に蔦への告発状を送らず、自分は開封もしていなかったことで、彼が完全には悪人と言えない人間だったことも示唆されている。

 

最初は「なんだかぜんぶはっきり種明かしされる訳ではないし、消化不良な推理小説だな」と思った。しかし上記の事実を振り返り、いま流行りの「一粒で二度美味しい」系の、信頼できない語り手が前半を語り、あとからその虚偽が暴かれていく構造の小説なのではないだろうかと思い至った。

 

結論として、非常によくできた推理小説だと言える。