映画『死霊伝説』(1979年)感想


トビー・フーパー監督作品『死霊伝説』(1979年)を観た。スティーブン・キング作の“Salem’s Lot”(1975年)を基にしている。セイラムズ・ロットというのは、呪われた屋敷マーステン館のある町の名前だ。(ちなみに、小説の邦題は『呪われた町』。)



冒頭の場面。グアテマラのジミコにある教会で、聖水を汲んでいる男と連れの少年がいた。彼らは何者かに追われているらしい。その二年前から物語は始まる。


二年前、作家のベンは子供の頃住んでいたメイン州の町セイラムズ・ロットに戻ってきた。そこには、住んだ者が必ず自殺したり家族や町の少年を殺害したりする、マーステン館という屋敷がある。作家のベンは父親の仕事の都合で10歳の頃町を出たが、少年の頃忍び込んだことのある「呪われた館」への関心は消えず、それを題材に小説を書こうとしていたのだ。…


プロットは基本的に、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897年)に沿っている。最近セイラムズ・ロットに引っ越してきた骨董品店の店主ストレイカーは、共同出店者カート・バーロウの到着を待っているが、そのバーロウが吸血鬼である。彼の到着後、町中の人々が吸血鬼と化す。


なぜ余所者のストレイカーがマーステン館を選び引っ越してきたのかというと、「邪悪な建物は邪悪な人々を引き寄せるから」と説明されている。


「物に悪が取り付く」というテーマはキング作品において重要である。『クリスティーン』はキャデラックが関わった人間をどんどん不幸に陥れる話だし、確か殺人タイプライターの話もあったはずだ。


キングの小説は延々と禍々しいディティールを積み重ねていくのが特徴だが、トビー・フーパー監督は、キング原作の邪悪な雰囲気をよく捕らえていると思った。特に、マーステン館は、とてつもなく凶悪で不穏な雰囲気が、画面からビンビン伝わってくる。登場人物の顔もほとんど全てが原作のイメージに近い。キング自身が監督した映像化や、ほかの映画化作品では、文章で書かれたときの強度を失ってしまうことも多いのだが、この作品は原作の再現率が非常に高いと思う。


(追記:キング作品の映画化で成功した例外は、『シャイニング』(1980年)だろう。原作以上に狂っており、キングの狂気を映画作家キューブリックの狂気が上回ってしまった作品だと言いたい。)

吸血鬼になってしまった昔の友達が来て、 “Let me in, please”と言うが、招かれないと吸血鬼が屋内に入れない点や、出てきた吸血鬼の顔が『ノスフェラトゥ』(1922年F. W. ムルナウ監督)にそっくりである点からも、過去の吸血鬼物へのオマージュが感じられる。


ハリウッド映画においては、「何を犠牲にしても、ヒーローはヒロインを助けなければならない」という暗黙の了解があると思うのだが、この映画の主人公はそれをあっさり放棄している点も、物語の邪悪な印象を強める。吸血鬼に両親を殺され復讐を誓った少年マークを追ってマーステン屋敷に侵入したヒロインは、吸血鬼バーロウの執事ストレイカーに捕らえられ、地下に閉じ込められる。しかし主人公は少年を助け吸血鬼バーロウの心臓に杭を打って止めを刺すと、マーステン屋敷から逃げ出して屋敷に火を放つ。そして、苦渋の表情で「すまない、スーザン。許してくれ」と言って逃げ出すのだ。ここで「ヒーローはヒロインを助けるものじゃないの?」という観客の期待はあっさり裏切られる。屋敷が炎に包まれる中、まだ生きているかもしれないスーザンの恐ろしい断末魔が聞こえ、場面は冒頭のグアテマラのジミコに戻る。


生き残った吸血鬼達に追われる身であるベンとマーク。見殺しにした恋人であり、今は吸血鬼と成り果てたスーザンにベンが止めを刺し、また男と少年が追っ手を逃れる旅に出るシーンで、物語は終わる。キング作品では、生き残った者たちに必ずしも幸福が待っているわけではなく、多くはトラウマを抱えることになったり、悪霊との終わりなき闘いに付きまとわれたりする。


実は、これは隠れたゲイ映画ではないかと思った点が、いくつかある。吸血鬼が最初に餌食にするのは森の中を近道して帰ろうとした少年二人だし、その次も、不動産屋の男、ヒロインの元恋人、墓守等、物語の中盤で吸血鬼に狙われるのは男性ばかりなのだ。


ベンが最後に助けるのも少年マークだし、ヒロインは見殺しにするし、最後に逃避行するのはベンとマークだ。(マークはベンのことを“Father”と言っているけれども、それは恐らく二人の関係を怪しまれないためのカモフラージュだ。) 怪しい・・・。


私は腐女子ではないですよ、皆さん!


最後に。マーステン館に興味を持つことについて、昔の恩師に「なぜ邪悪な人間を引き寄せる屋敷に、君のような人間まで興味を持つんだ?」と疑問を呈され、主人公ベンが考え込む場面がある。マークもまた、普通の中流家庭に育つ真面目な少年だが、オカルト的なものに惹かれ、マーステン館を舞台にした劇を書き、化け物のお面を部屋に飾り、猟奇趣味のフィギュアを作っている。ここらへんに、まったくの善とは言い切れない人間の複雑さが垣間見られて、やはりキング作品は面白いな、と思った。


時間があったら、70年代から80年代のスティーブン・キングの作品を読み直したい。


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