狂気の復讐−『完全なる報復』感想


新宿武蔵野館で、『完全なる報復』を観てきました。(Dir. F. Gary Gray, Law Abiding Citizen, 2009)


安心のカート・ウィマー脚本です。さすが「ガン=カタ*1を考案し、アンジョリーナ・ジョリーが大暴れする映画『ソルト』の脚本を書いた人です。一瞬たりとも眠くなりません。以下、ネタバレです。気にしない人だけ読んでね。



粗筋は以下の通り。


愛する妻と娘と平和な生活を営んでいたクライド・シェルトン(ジェラルド・バトラー)の人生は、たった一瞬の事件で崩れる。強盗二人組が押し入り、彼が殴られて昏倒している間に、妻と娘を惨殺したのだ。彼らはすぐに捕まったが、死刑判決を受けたのは実際に手を下したダービーではなく、彼を止めようとしていたエイムスの方だった。96%という高い有罪率を保ちたがっている検事ニック(ジェイミー・フォックス)が、エイムスの犯行を証言すると言うダービーとの司法取引に応じたためである。ダービーの証言によりエイムスの死刑は確定したが、ダービーは禁固3年で済んだ。マスコミの前で握手を求めてきたダービーにいやいや応じるニック。そんなニックの姿を蒼白の表情で見つめるクライドの姿があった。妻と娘を奪われた男による、犯人とアメリカ司法制度への、壮絶な復讐が始まる…!!


いやー、面白かった!


まずね、諸悪の根源ダービーがめちゃくちゃ小ずるそうな顔してんですよ。刑を軽減してくれたニックに握手を求めるときの「うまくやったぜ」感のあるアゴをちょっと突き出した表情なんか、たまらなくムカツク感じで、「こいつはどんな私刑に遭っても同情の余地はないな」と思わせてくれます。


で、観客の期待通りこいつは惨い殺され方をするのですが、『ソウ』シリーズや『ホステル』のように人体破壊の過程を見せるのがメインの映画ではないので、ご丁寧にジェラルド・バトラーが「まず気絶しないで痛みだけは感じるように薬を打って、お前のペニスはこれで切って、四肢も切断して…」とどうやって処刑するか犯人に説明するだけです。処刑過程自体の描写はありません。だからそういうのが苦手な人でも見れると思う。ただ、処置後の切株なボディはきっちり映るわけなんですが、これはグロかったです。


切株がメインじゃないとするとなにがメインかというと、主犯を野放しにしたアメリカの司法取引制度の矛盾を突くことなんですね。


【司法取引(plea bargaining)】
共犯者の有罪を立証したり、当人の有罪を立証するために必要な証拠の収集に協力することを条件に、捜査当局が特定の被疑者に対する公訴権を放棄したり、訴追罪状を軽減する取引で、アメリカで伝統的に用いられている方法。これはある意味で、難解な事件の解明に有効で、少なくともある程度まで法的制度を実現するために有用な手段であるといえる。しかし、捜査方法の安易さと不公正さとが、法の精神に反しないか否かが問題になる。*2


高い有罪率をキープするためにこの司法取引制度を濫用したニックの周囲の人間を、クライドは拘置所の中から次々と殺していきます。彼は遠隔操作殺人のエキスパートとして、政府に雇われていたほどの人間なのです。


ダービーの弁護士、判決を下した判事*3、ニックが司法取引に応じることを許した検察局のボス、ニックの部下。彼らが生き埋め、マシンガンで蜂の巣、車の爆破等、さまざまな方法で殺されていき、だんだんと追い詰められるニック。恐怖に戦くフィラデルフィアの街。


二つ、「うーん、これはどうかな」と思った部分がありますので、指摘します。


一つ目は、クライドが自分の目的のためには手段を選ばないと分かる部分です。独房に入る必要があったために、ダービー殺害後に収監された房で一緒になった囚人の首を裂いて殺害します。無関係の人を殺すなんて、それはやっちゃいけないことだろうと。しかし書いていてハタと気づいたのですが、おそらくクライドはそれも計算済みの行動だったのでしょう。「無関係な人間を自分の都合で殺す殺人鬼に、フィラデルフィアという街はどう対処するのか」という問題を、自分がその問題になることにより突きつけたのだと思います。そのために最後、相応の報いを受けることにはなるのですが、クライドは自分が報いを受ける立場になって、「それでいい。そうでなければならない」と思っていたのではないでしょうか。


どうかなと思ったポイント二点目は、脚本上の回収されない伏線です。「クライドには"協力者(a friend)"がいる」ということになっていて、墓場での遠隔操作マシンガンによる殺人のときには、近くにいてボタンを操作する黒革の手袋なども見えます。協力者がいることは確かです。しかし、最後まで誰が協力者だったか判明しないんですよ。ニックの部下サラにチェスターという恋人がいて、情報収集などにも協力してくれているので、ニックが「今度会わせろよ」と言った後、「彼、まだ準備ができてないから(He’s not ready.)」と言います。観客はここで、「ハッハーン、さてはこのいつまでも姿を見せないチェスターがクライドの協力者だな。あるいは、実はクライド自身がサラの恋人チェスターで、裏でサラと共謀していたな。お主の手見切ったり、カート・ウィマー!」と思ってると直後、サラが乗り込んだ車が遠隔操作で爆破されるんですよ。最後まで協力者については明らかにされず、墓場の黒革手袋の正体は、私にとって闇の中となりました。


クライドの協力者、もしかしたら私が見落としてるだけかもしれませんので、観て協力者が誰だったか分かった方、ツイッターのDMでもメールでもいいんで、私に教えてください。お願いしますです。


(追記:その後、親切な方が「あの黒革手袋はクライド自身ではないか」とご指摘くださいました。後述しておりますとおり、クライドは自ら拘置所の下に掘った地下通路から自由に外と内を出入りできていたので、その考えが妥当ではないかと思います。ご指摘くださった方、ありがとうございました!)


思わず笑ってしまった点もあります。「俺がただの復讐をしたがってると思ってるのか?そのために10年間待ったとでも?俺が戦ってるのは法制度だ。穴だらけの法制度、俺はそれと戦う」って言うんですけど、本当に法制度の象徴である拘置所を穴だらけに掘っちゃってるんですよ。独房内から自由に移動するために。この文字通りさにはさすがに笑ってしまいましたね。


最終的に、因果応報な結末となります。クライドとしてはそれでいいし、そうなるべきだと思っていたのでしょう。犯罪者の犯した罪を、因果応報ではなくする「司法取引」が成立する世界に対し、彼はアンチテーゼを叫んだのだから。「悪いことをした奴がちゃんと罰せられる世界にしましょうよ」と。


ほかならぬ自分自身の妻と娘にクライドの魔の手が伸びる危険に思いが及んだとき、ニックも気づきます。自分の行なった被害者遺族の感情を無視した司法取引は、間違っていたと。ここでクライドの復讐ならぬ「司法制度の矛盾の告発」は完成したことになります。


最後まで展開が読めず(ここである程度ばらしちゃったけど)、非常に面白かったです。私の感覚ですが、後味もそんなに悪くないです。未見の方はぜひ!!

*1:「名前の意味は「ガン(銃)」と東洋武術の「カタ(型)」の組み合わせ。劇中では主に二挺拳銃を使用し、超近接戦闘に持ち込む事で、多数の敵を短時間で倒す戦闘技法として描写される。考案したのは『リベリオン』の監督であるカート・ウィマーと、殺陣を担当したジム・ヴィッカース。日本語字幕では「銃の型」に「ガン=カタ」とルビが振られている」。出典:Wikipedia, 「ガン=カタ」の項http://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%82%ac%e3%83%b3%3d%e3%82%ab%e3%82%bf

*2:ブリタニカ国際大百科事典, 2004.

*3:この人の描き方が浅くて最高です。クライドが弁護士を雇わないで自分を弁護するときに、過去の判例をスラスラ引用しただけで、「それもそうですね」とあっさり納得する。過去にアンフェアな司法取引に応じたことにより、クライドにとって「穴だらけの司法制度」を象徴することになった人物です。