"That's what happens in between the panels."-『スーパー!』感想

シアターN渋谷で、『スーパー!』を観てきました。(Dir. James Gunn, Super, United States, 2010.) 

『キックアス』や『ディフェンドー』の系譜に連なる、いわゆる「スーパーヒーローオタクの映画」でございます。以下、内容に触れています。

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粗筋は次の通り。

「人生で完璧な瞬間は二つしかなかった」と思いながら退屈な日常を過ごすフランク・ダルボという中年男が主人公。その二つの瞬間とは、「サラとの結婚式」と、「引ったくりの逃げた方向を、お巡りさんに教えてあげた瞬間」です。それ以外はダメな人生で、サラは薬物・アルコール依存症を克服しきれず、また悪い仲間とつるみ始めています。ある日、ジョックというハンサムで高級スーツに身を包んだ男が、サラの居場所を尋ねて家に来ます。その五日後、サラは家を出て行ってしまいます。ジョックは麻薬のディーラーで、サラは彼のもとへ行ってしまったのです。失意の中All Jesus Networkにチャンネルを合わせると、そこにはHoly AvengerがDemon's Willという悪漢を倒す様子が描かれていました。*1救いを求めるフランクがベッドに横になっていると、神の啓示が現れます。脳を切開され、触手に触れられるフランク。真っ白い部屋にホーリー・アヴェンジャーが現れ、「君は神の指先に触れられた。君は選ばれし者だ」("Some of His children are chosen")と言います。漫画本屋に行き、店員のリビーのアドバイスに従ってホーリー・アヴェンジャーのコミックを手に入れ、それを参考に真っ赤なコスチュームを自作するフランク。Crimson Bolt(赤い電光)と名乗って、自警活動を開始します。果たしてフランクは、サラを取り戻せるのか?…

以下は私の感想です。主に結末の解釈です。

フランクの動機:
フランクは、スーパーヒーローに詳しいリビーの助言に従い、「超能力を持たず、武器で戦うヒーロー」のコミックを参考に、破壊力抜群のレンチを武器に、「街にはびこる悪」を次々と倒していきます。しかし、フランクの悪人のチョイスには多分に、「私憤を晴らすため」というニュアンスがつきまといます。最初に選んだ悪人は、スケールは違いますがジョックと同じ麻薬のディーラーだし、正確には法律を犯しているとは言えないような一般人(映画館で並んでいるときに横入りをしたカップル)の頭も、巨大レンチでかち割ります。ストレス発散ではないと言い切れません。悪人を倒すシーンは、フランクの脳内を表してか、ポップな擬音語がついて悪人は漫画絵にされていますが、実際には頭はぐちゃぐちゃに潰れるし、彼の手袋には血がこびりついています。

フランクの出自:
序盤、フランクの惨めな半生を振り返る流れの中で、「神がエロ本をクローゼットに隠すか?!」と父親にお尻をペンペン叩かれているシーンがあります。フランクが敬虔なクリスチャンとして抑圧的な父のもとで育てられたことが分かります。だからフランクは、涙を流しながら助言を求めて神に祈ります。このように、自由な思考が厳しく制限される厳格なクリスチャンの家庭で育てられたからこそ、フランクにはヒーローにふさわしい倫理観と規範意識*2があるし、その反面原理主義者らしい、手加減を知らない狂気も内包しているのではないでしょうか。

結末についての解釈:
結末で、フランクは「完璧な瞬間を見つけた」と言います。壁一面に貼られたサラの子供とフランク自らの手によるイラストの数々。そこには、サラやリビーと過ごした時間だけではなく、これまでフランクが見逃してきた、数々の過去の思い出が含まれています。ダイナーの同僚とのドライブや、屋根を修理してお礼を言われた経験など。ここで、彼が自分の過去を「つまらないもの」として切り捨てるのではなく、受け入れ、自分の周りの人間を愛することを学んだことが分かります。

排他的に二つの瞬間に固執していたフランクが、そのことに気付くまでの物語であったと言えるでしょう。序盤、フランクは「自分には誰もいない。アフリカ難民の子供たちでさえ親の愛に包まれているのに」と涙ながらに神に祈る場面がありますが、実は他人を受け入れず排除してきたのは彼自身だったのです。「自分の人生、悪いことばかりじゃなかった、いいことだってたくさんあったじゃないか」と気付くのです。

啓蒙チャンネルを観て、ホーリー・アヴェンジャーにより「ヒーローとなる使命」に気付かされるフランクは、"Vision"(神の啓示)を受けたがっていました。最後に目が啓かれ、人生のいろいろなすばらしい瞬間が「見える」ようになったことは、まさに啓蒙がなされた証拠ではないでしょうか。その「啓蒙」は、グチャドロの血にまみれていましたが。

最後、壁の絵のリビーを見て涙を流すフランクから画面が切り替わり、"SUPER"という文字が現れます。"Super!"とは、英米の若者がよく発する感嘆の言葉で、「すごいね」とか「かっこいいね」という意味です。"SUPER"な瞬間は、ヒーローにならずとも、日常のあらゆる時と場所に訪れる、「コマとコマの間で」起こることを大事にできれば、そんなメッセージがこめられているのではないでしょうか。フランクが最後に見ていた絵の中で、リビーは"Wow, in between the lines. Is that where we are right now?"*3と言っていました。

悪人を倒した瞬間は漫画調になっていましたが、最後フランクの壁一面に張られている絵には、その悪党退治の絵は一つもありません。平凡な男が、「ヒーローになる」という特別な瞬間だけではなく、日常を愛することを学ぶまでの物語だったのではないでしょうか。



"SUPER" English

"Happiness is overrated." "Happy people are arrogant.":
「人生で幸せだったことはあまりなかった」というサラに、フランクが言う台詞。「幸福は過大評価されている」「幸せな人間は傲慢だ」という意味です。前述のように、フランクは自分を不幸な人間だと思い込んでいるので、こういう台詞が出てくるのだと思います。実は、「自分が欲しいものを得たときにしか、幸福だと認めない」という態度を取ってきたフランクこそ、幸福の概念に囚われ、それを過大評価してきた人間だったと言えるのではないでしょうか。

Sugar Daddy:
エレン・ペイジ演じるリビーの引越しパーティの最中に負傷したフランクが逃げこんだため、家から追い出された友人たちの一人で彼女のボーイフレンドのクリスチャンがこう言います。"Enjoy your candy!" "So, he is your sugar daddy"ということも言ってましたが、シュガー・ダディとは、女子大生に資金援助をすることによって性的関係を結ぶ年長の男性のことらしいです。ネット上でシュガー・ダディを募集する女子大生がちょっと前に話題になってました。

"All it takes to be a hero is the will to fight evil.":
「ヒーローになるには、悪と戦う意志さえあればいい」。ホーリー・アヴェンジャーがコミックの中で言う台詞です。これがフランクに啓示を与え、ヒーローとなる決意をさせます。テーラーで赤い生地を買い、ミシンでせっせと衣装を縫製するフランクの姿は輝いてました。なにかになろうとして行動を起こす人の姿は、生き生きしてていいですね! 


感想まとめ:

わたくしこの映画、二回劇場で観ました。主役を演じるレイン・ウィルソンの、狂気と純真さをはらんだガラスのような目つき(『メタルヘッド』の濁った目と比べて)、漫画の中のヒーローが現実の悪漢と出会ったときに生じるちぐはぐさ、ケビン・ベーコンのいかした悪漢ぶり、物語のテンポなど、とてもいいと思います。今年度の私的ベストテンではかなり高い方に行くと思います。

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ジェームズ・ガンがこの映画を撮る際に影響を受けたというウィリアム・ジェイムズの著書。何年も前に読んだのだが、どこがどう『スーパー!』と関係するのかはまだ分からない。もう一回読んでみようか…。

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*1:「倒す」というよりも、「テレビの前のちびっ子たちに、ヒーロー物の姿を借りてキリスト教原理主義者の教理を刷り込む」といった調子なんですけどね。お説教ヒーロー。

*2:終盤、モーゼの十戒らしきことを叫びながら悪漢の胸にナイフを何度も突き刺すシーンがあります。ここでのクリムゾン・ボルトの台詞は、以下の通りです。"You don't bud in line! You don't sell drugs! You don't molest little children! You don't profit on the misery of others! The rules were set a long time ago!"(Super-movie quotes- rotten tomatoes- http://www.rottentomatoes.com/m/super-2010/quotes/, 「横入りするな!ドラッグを売るな!子供に性的虐待をするな!他人を不幸にしてまで利益を得るな!ずっと前にルールは定められているんだ!」)。彼が言及している「ルール」と思われるモーゼの十戒には、"Thou shalt not steal."(「盗むな」)や"thou shalt not covet thy neighbour's wife, nor his manservant, nor his maidservant, nor his ox, nor his ass, nor any thing that is thy neighbour's."(要約すると、「他人の物を欲しがるな」)という戒律があります。

*3:"Super" Memorable Quotes. http://www.imdb.com/title/tt1512235/quotes