「夜はたいてい、バーにいるから」−『探偵はBARにいる』感想

渋谷TOEIで、『探偵はBARにいる』を観てきました。(Dir. 橋本一, 日本, 2011. 原作: 東直己バーにかかってきた電話』)

面白かったです。こういう謎解きもので最後まで飽きさせないのは凄いと思います。以下、内容に触れています。真犯人等の核心には触れていません。

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西田敏行演ずる会社社長のパーティ。カルメン・マキさんがジャックスの『時計を止めて』を歌います。このシーンのカルメンさんの迫力で、一気に物語に引き込まれます。

・パーティ後、ススキノの街で西田敏行がいきなり鉄パイプで撲殺されます。大写しになるオメガの時計。雪に飛ぶ血しぶき。

大泉洋演じる私立探偵は、依頼人候補に名刺を渡します。名刺には彼の名前ではなく、"KELLER OHATA"という名前が書かれています。私には最後まで、大泉洋演じる探偵の名前が分かりませんでした。その代わり、情報収集のために偽名を何回も使います。

・探偵が根城としているバー、KELLER OHATAの黒電話に、女の声で電話がかかってきます。ここらへんはポール・オースター探偵物語『ガラスの街』を思い出させます。この探偵の一人称語りで物語は進んでいきます。物語が「取り返しのつかない過去のこと」として語られる点に、ビターな大人のテイストを感じました。

・探偵には高田という助手がいます。松田龍平が演じています。無表情で何を考えているのかよく分からないヌボーっとした感じがよかった。面白いのは、空手の達人で、探偵よりも鋭利な推理力を発揮するところです。本来ならば彼が主役になるところですが、人間臭い探偵の方が主役である点にこの物語の味があると思います。

・主な舞台となる札幌のススキノが、非常に魅力的に描かれています。この昭和テイスト漂う街はどこにあるのか、行ってみたいと思いました。「アジア最北の繁華街」と紹介されます。不思議なのは、本州、ロシアなどの外国含めて、北海道以外の土地を「そと」と言ってるんですよね。北海道が日本の単なる一地方ではなく、独特な文化を持った一国家のように描かれていて、面白いと思いました。

ナポリタン、缶入り煙草、オセロ、バーボン、卓麻雀ゲームなど、昭和という時代の空気感を意図的に演出していると思われます。

松田龍平がずっとポリポリ食べていたポップコーン状のお菓子は何なのか…。袋には赤字で「北海道」なんちゃらと書かれていたような気がするが…。いまいちばん食べてみたいスナックです。

高嶋政伸演じるヤクザの加藤がやばいです。鼻ピアス、舌ピアスをして、指に真っ黒なマニキュアを塗っています。何人もの部下を従えて、まっすぐ目標に向かっていくのですが、『漫画ピンキー』を片手に肩で風切って歩くシーンには惚れ惚れしました。加藤という男の狂気をよく表現していたと思う。

・音がリアル。銃で撃たれた人が喋るタイミングで、「ミチミチミチミチ…」と体から血がしたたる音をちゃんとつけているのは偉いと思いました。瀕死の痛みがリアルに伝わってくるというか。

・大学院の助手をしている高田。助手っていまどき何本か論文書かないと就けない身分です。ということは、あんな鈍そうなもっさりした高田君も、論文は書いたんだな!読んでみたい。北海道大学にあるという高田の所属する研究室は、彼の性格を表してか、ゴミ溜めのように描かれています。研究室にコタツを持ち込んで居住しているあたり、大学院生っぽくてよかったです。

・高田の愛車の屋根に乗って右翼組織を観察する探偵。高田がひたすら「降りろよー」と言いながら雪玉をぶつけるシーンはよかったです。

・探偵がやくざとサウナで情報交換するシーンがあります。上半身裸になるのですが、鍛え上げられた探偵の右胸上方と左肩に、刺し傷と思われる傷が映されま彼の過去、いったいなにが起こったのか、ルパンみたいにとぼけたキャラなのに、わりと壮絶な過去を連想される一瞬でした。

・ある人物に関して探偵が吐くモノローグが印象に残りました。うろ覚えですが、「生まれ落とされてから、勝手に与えられた条件で生きていく。ついていける人間はいいが、ついていけなくてのたうちまわる人間もいる」という内容。男女の愛憎一点張りではなく、ちゃんと人の在り方について考えているのがいい。物語の幅を広げると思います。

・バーにかかってきた一本の電話から物語が始まるように、探偵と依頼人の電話でのやり取りを軸に物語は展開します。探偵は探偵のくせに携帯を持っていないアナログ人間なのですが、主義を曲げて携帯を持ちます。そこに最初にかかってきた電話が、何年も前の記憶に埋もれていた手がかりに気付くのが遅すぎたこと、決定的に手遅れであることを告げる電話なのはハードボイルドらしい皮肉。

・電話といえば、2011年の映画なのに、一人もスマートフォン使ってる人が出てこないんですよね。あと、情報収集の際にPCがほとんど出てこない(SDカードやUSBなどのメモリ媒体は出てくるけど)。裏情報は厚手の茶封筒に入れてやり取りされるし、探偵は足で(聞き込みで)情報を稼ぐ。探偵が遅れて携帯を手に入れることで、携帯が出回り始めた1990年代後半の空気感となっている。意図的な演出でしょうか。

・終盤、ヒロインの自決シーンで彼女自身の血を見せたのが偉い。「この女の生き様を描ききるぞ」という作り手側の決意を感じました。

・「境界としての北海道」が描かれている。人が行き来する場としての北海道を強調するためか、たくさん外国人が出てきます。パイプをくわえた欧米人観光客、グループで回る韓国人の若者たち、その他どこの国の人かよく分からない通訳など。

ジンギスカンが美味しそう。

"KELLER OHATA"行きたい。

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ディテールが作りこまれており、何度も観たくなる映画でした。

バーにかかってきた電話 (ハヤカワ文庫JA)

バーにかかってきた電話 (ハヤカワ文庫JA)

ガラスの街

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