求む!人生経験−『ラスベガスをぶっつぶせ』感想
DVDで『ラスベガスをぶっつぶせ』を観ました。
(Dir. Robert Luketic, 21, United States, 2008.)
非常にビターな青春物語でした。以下、内容に触れています。
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幼い頃に父親を亡くし、苦労しながらマサチューセッツ工科大学(以下M.I.T.)に進んだベン。ハーヴァード医科大学への進学が決まっているが、授業料と生活費に必要な金額は30万ドル(1ドル100円だとすると約3000万円)。奨学金の面接を受けるが、受給できるのは人を感嘆させるような人生経験を持った学生ばかり。*1オールAの学生だが、学問と人並みの男女交際とロボコン部くらいしか経験していないベンには、人前で語れるような経験はない。ある日、数学の確率論の授業で教授のミッキーの出した問いに冷静に正解を出したことから、彼の主催するブラックジャックでカードカウンティングをして稼ぐチームに誘われる(ブラックジャックとは、「カードの合計点数が21点を超えることなく、プレイヤーがディーラーよりできるだけ高い点数を得ることを競う」*2ゲームのこと。映画原題の21はここから来ている。)。学費を稼ぐため、チームの一員である美人学生ジル・テイラーに誘われたため、そして「面白い経験をするために」ベンもチームに参加するが…。
最初に、ロビンソン奨学金の面接をベンが受けているのですが、非常に身につまされました。
なんでかっていうと、私も大学院生時代に留学費用を得るため、某財団系奨学金の面接を受けて落ちたことがあったからです。
私はそのとき、ほぼ引きこもり状態で授業のプレゼン準備をしているような生活で、それ以外は学費を稼ぐためのバイトに追われ、ろくな人生経験もなかったのでした。当然面接でアピールできるような特技もありません。
そのときに感じたのは、「人前で誇れるような人生経験もない専門バカは、奨学金を受けられない」ということでした。
ほかの学生がバイトや親の資金援助で学費を賄うなか、奨学金というのは「経済力を持っている団体が、ぜひ育成したいと願う学生に特権的に資金を投入する」制度です。
そしてそんな制度が求めているのは、「勉強だけではない類まれな人生経験を積んでいる学生」=「人前で話せるネタのある学生」だと痛烈に感じました。
私が所属していたのは世界最高峰の学問機関であるM.I.Tとは程遠い日本の地方大学(しかも文系)でしたが、映画のなかで描かれる「大学では知的作業に従事している学生が、現実では時給8ドルの接客や肉体労働のバイトで学費を稼ぐ現実」に、親近感を覚えました。学生の溜まり場であるバーで、きっちり割り勘にするベンと友人たちの男子学生3人組。極貧の中、必死で大学世界を生き抜いている様子が非常にリアルです。
「デートもせず、旅行もせず、金もない」彼ら。
その原因には、アメリカの名門大学は授業料が高いという現実が反映されているように思います。反拝金主義的社会であるべき大学で知的生活を送るには、授業料や生活費で多大なお金がかかるという大学制度自体が含む皮肉も、そこにはきっちり描かれています。
ミッキー教授に誘われ、ラスベガスのカジノでブラックジャックのカードカウンティングをすることにより、ベンは荒稼ぎし始めます。
ここで不思議に思ったのですが、ベンは稼いだお金を寮の天井裏に隠してるんですよね。
いつ盗まれてもおかしくない場所に金を隠す迂闊さ、当然のちの事件の発端になります。なぜ銀行に入れないんだ、ベン。賢いのか賢くないのか分からないぞ、ベン。
ミッキー教授を演ずるのは、ケヴィン・スペイシーです。計算の才能のあるベンばかりが彼に重用されるのを嫉妬したチームメイト、フィッシャーが荒れてしまってチームワークを乱したとき、「酔っ払っていただけだ」と弁明するのですが、ミッキーは「お前がどういう人間だろうがどうでもいい」("I don't care what you are.")とバッサリ切り捨てる冷酷さを持っています。あの冷たい目でそんなこと言われたら心臓やいろんなところが縮み上がりますね、きっと。
そうこうするなか、ベンは毎週末カジノで荒稼ぎして、ホテルのスイートルームに泊まり、ブランド物をショッピングし、ジルともいい仲に…というリア充になってしまったので、ロボコン大会に出品しようと一緒にがんばっていたナード仲間とも疎遠になってしまいます。
ついにはロボットに埋め込むチップの記憶容量を間違えるという致命的なミスを犯して仲間からの信頼を失います。その際に、ナードの一人が言う台詞、「もう君の心はここにはないだろ」("Your heart just isn't in this any more.")は、その前のシーンでミッキーがフィッシャーに言った台詞とも重なります。信頼できないチームメイトは切り捨てられるんですよねえ。チームワークについての映画でもあると思いました。
ナード仲間に捨てられたことのショックか、カジノで"counting"(数えること)ではなく"gambling"(賭け事)をしてしまうベン。
「これはビジネスだ。お前は必要ない。失った20万ドルはきっちり返せ」と言い、ミッキーはベンをあっさり切るばかりか、金の返済まで要求してきます。
ミッキーに見捨てられたチーム4人は、学生だけでカジノに乗り込みます。
しかし、カジノのイカサマ行為見張り役であるコール(ローレンス・フィッシュバーン)に気付かれ、ベンのみ捕まってしまいます。
ここでベンの不用意さにもう一回ビックリしてしまったのですが、M.I.T.の学生証持ってカジノに行って、あっさり身分バレしてしまうんですよね。どういうズボラさなんだ、ベン。偽の身分証作った意味あるのか、ベン。
ベンがコールの尋問を受けるうちに、昔ミッキーはカードカウンティングの技を駆使してカジノ荒らしをしており、コールは一晩で100万ドル奪われたことがあり、二人は因縁の仲だったということが明らかになります。
カジノ荒らしがM.I.T.の数学教授になった経緯を、ぜひ知りたいものです。そこを描いた方が面白い映画になったんじゃないでしょうか。
カジノから解放されたベンがボストンに帰ると、屋根裏に溜め込んだ31万5000ドルはすべてミッキーに盗まれていました。
「ほかにはなにもできない」("Because I have nothing else.")と、ベンはミッキーに頼み込んでチームを再び組み、変装してラスベガスに乗り込みます。
ここから先は、ミッキーの数学講義のパンチライン「常に変数変換には気を付けるように」("Always account for variable change.")という台詞を裏付けるかのように、不測の事態が起こっていき、結末まで二転三転します。
果たしてベンが得た人生経験とは、どのようなものだったのか。
人生で経験することは、奨学金の面接官が求めているようなキレイ事ばかりじゃないことだけは確かです。
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企み、挫折、裏切り、そしてほろ苦いながらも爽やかなエンディングと、カジノ映画と青春映画の醍醐味を味わえる作品でした。
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Peter, Bjorn & Johnの"Young Folks"を初めとする軽快で疾走感のある音楽も青春群像劇にふさわしかったです。
ベン・メズリックの原作本はこちら。
Bringing Down the House: The Inside Story of Six M.I.T. Students Who Took Vegas for Millions
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この人は『ソーシャル・ネットワーク』の元ネタ本も書いてます。名門大学の学生の裏話を描くのが好きなんでしょうか。
The Accidental Billionaires: The Founding of Facebook: A Tale of Sex, Money, Genius and Betrayal
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追記:私の話に出てきた「学生に人前で誇れるような人生経験を求める」奨学金は、学部学生に限った話です。大学院生向けの奨学金は、「将来有望な研究者の育成」を目的としているので、それまでの研究業績(論文、学会での発表等)や研究の社会的有用性で評価されることが多い。