少女に何が起こったか−『ザ・ウォード/ 監禁病棟』感想

銀座シネパトスで、『ザ・ウォード/ 監禁病棟』を観てきました。(Dir. John Carpenter, The Ward, United States, 2010.)

非常に格調高いルックの精神病院映画でした。以下、内容に触れています。

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・物語は、短いシーンのインサートから始まります。スリップ姿の若い女性が、何かから追われるように田舎道を逃げている。住所の書かれた腕。カーテンに火を点ける女性。炎上する農家。

・病院の「監禁病棟」("the Ward")に収容された彼女の裸の背中には、無数の青あざ。いったい彼女に何が起こったのか。なぜ彼女は農家に火を点けたのか…?しかし彼女は何も覚えていません。過去のない彼女は何者なのか、これが一つの謎となります。

・ここで、「この字幕開始直後からネタバレでは?」と思ってしまったのですが、監禁病棟にチェックインする際に、カルテに書かれた名前を見て看護婦が"OK. Kristen, huh"と言うのですが、「今度はクリステンね」と訳されているのですよ。ここで「"今度は"ってことは、この娘は何回もここに入院したことがあるってことか、別の名前でここにいたこともあるってことか」と思ってしまうわけですよね。伏線をあからさまに貼りすぎだと思いました。

・収容先の精神病院には、エミリー、サラ、ゾーイ、アイリスという患者仲間の女の子がいますが、退院したと言われる以前の入院患者のタミーや、幽霊として姿を現すアリスの存在も明らかになります。アリスに襲われ、次々と姿を消す入院患者たち。いったいこの病棟では過去に何があったのか?これが映画の第二の謎となります。

・この映画で惚れ惚れしたのは、"North Bend"という精神病院のルックがすばらしいことです。『シャイニング』のオーバールック・ホテルに匹敵するインパクトを持っていると思います。白い壁に黒い縁取りがしてあるような建築様式なのですが、あまりにもストイックな外観で、とても患者の精神をリラックスさせようとしている風には見えない。しかし何度もインサートされるこの精神病院の外観が、画面に「精神病院スリラー」としてのジャンルの自覚と、ある種の格調高さを与えていると思いました。

・オープニングでタイトル・バックまでのあいだ、過去「医療」の名の下に行われた非道な治療法が、年代の古い順から紹介されます。電気ショックから開頭手術、ルドヴィコ療法のように目を無理やり見開かせている処置…それはそれは陰惨なものです。しかしもっとも恐ろしいのは、これがミスリードだと分かるラストなのですが…。このオープニング観たら、「昔の精神病院はこんなにひどい治療法をしていたんですよ!」って話だと思いますが、「少女になにが起こったか」系の話でした…。

・とてもすばらしいと思ったのは、監禁病棟と通常の病棟が繋がってるところです。通常の病棟に収容されていた患者の様子から見て、この病院は精神病院だと思われます。そのなかで、クリステンたちが収容されているのは監禁病棟なのですが、扉一枚で通常病棟とつながっています。薄皮一枚で現実世界と恐怖しか存在しない世界が隔てられている。その扉をいかにクリステンが突破するか、突破したあと"dumbwaiter"(料理などの運搬用の小型エレベーター)や天井裏の通路、"morgue"(死体安置所)を使っていかに逃げるか、といったまっとうなサスペンスをやっているのですよね(地図を見て逃走路を検討する場面まである)。病院という建物の構造をフルに活用しているので、タイトルが「監禁病棟」なのは至極まっとうな話だと思いました。

・クリステンと仲良くなるエミリー役の俳優さんの、恐怖が結晶したような震え方がとてもよかったです。Twitterで教えていただのですが、演じていたのは、Mamie Gummerさんという女優さんで、メリル・ストリープの娘さんらしいです。そう言われてみれば、演技の仕方が似てる気がします。

・幽霊のアリスの造形だけはアメリカ映画の例によってゾンビみたいでぜんぜん怖くないです。

・最後に。ちょっと笑ったシーン。逃走するクリステンとエミリー。追いかける看護士、看護婦、医者、警備員たち。クリステンが振り返ると「ドーン!」といった感じで幽霊のアリスが待ち構えてる。人間たちの次に自然な感じで廊下の奥に幽霊ドーン!で、ちょっと笑ってしまいました、漫☆画太郎先生の漫画における鬼ババアの登場シーンみたいでした。

過去のない少女の謎、炎上する農家、精神病院の外観、リアリスティックな監禁病棟の内装など、非常に見所のある映画でした。
私はこの映画、大好きです。