テロリストと拷問者の対話−『4デイズ』感想

銀座シネパトスで、『4デイズ』を観てきました。(Dir. Gregor Jordan, Unthinkable, United States, 2009.)

いまウィキペディアで調べたのですが、これアメリカではDVDスルーだったんですね。内容を考えると、さもありなんという感じです。

非常に面白かったです。以下、内容に触れています。

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アメリカの3箇所に核爆弾をセットしたと名乗るテロリスト、ユセフ・モハンマドと、爆弾設置場所を割り出そうとする拷問者H、拷問に同席するFBI捜査官ヘレン・ブロディの4日間のやり取りを描く映画です。

サミュエル・L・ジャクソンが拷問者Hなのですが、なんとなくこの人の描き方がユーモラスなんですよね。

登場時、CIAからFBIに送られたテロリスト関係者リストに間違って名前が載っていたとかで、誤認逮捕されそうになるのですが、取調べ室でも平然としている。捜査官に向かって、「やれやれ。俺を誤認逮捕しちまって、あとでトラブルになることは分かりきってるんだけど、このバカは分かっちゃいない。問題にする価値もないけど、かわいそうだな」って、表情で語ってるんですよ。尋常ではない古強者感を漂わせてました。

"拷問のプロ"ということで、政府の要人に物凄く頼りにされ、爆弾捜索本部では、FBI捜査官よりもアット・ホームな顔つきをしています。

"Ahh...Military Intelligence. The great oxymoron."(「軍情報部ねえ。撞着語法だよな」)なんて言ったりします。ここでは、"intelligence"という単語の持つ「情報」と「知性」の意味をかけて、軍部さえもバカにしています。*1

ブロディ捜査官が拷問の是非を問うているあいだに、ひょうひょうと拷問部屋に入ったH。拷問道具を準備してくれた助手に、「アフガニスタン以来だな」なんて恐ろしい声かけをします。そしていきなり、サクッとユセフの指を切ります。ほかにも、鎖で吊られてブラブラ揺れるユセフの胴体に、スタンガンを当てている場面もあります。「ただの仕事だから」といった感じで退屈そうに。なんとなく最初は、「拷問するサミュエル」をユーモラスに撮っているんですよね。白衣っぽい服はデニムでオシャレだし。

一方、ブロディは、知的アメリカ人の代表です。拷問は許しません。ユセフの映像を監視室から延々と見せられ、「こんなのは間違っている」と言うブロディですが、「これは彼の問題じゃない、君の問題だ」("It's not his problem. It's yours.")とHに言われます。ブロディが核爆弾の存在を疑ったためにある決定的事件が起こり、53人の命が失われた後、ユセフも彼女に「これは俺の問題じゃない。お前の問題なんだ」("It's not my problem. It's YOUR problem.")と言います。Hもユセフも、問題を自分自身のものとしていないブロディをともに糾弾しているかのようです。ここで彼らに突きつけられる「問題」とは、「自国では拷問を許さずに市民の権利を保障するのに、モスリム諸国家における米軍の(市民含む)モスリムへの攻撃は黙認している」ような米国市民の在り方だと言えるでしょう。

ユセフの造形も面白い。彼は生粋のアメリカ人スティーヴン・アーサー・ヤンガー、しかもデルタ・フォース(対テロ作戦を遂行するアメリカ陸軍の特殊部隊)に所属していた軍人なのに、イスラム教に改宗しているんです。元軍人だから、拷問の手口を知り尽くしていて、ブロディ捜査官に「彼らがやっていることは完全に合法だ」("What they're doing is completely legal.")なんて言ったりします。彼は拷問でどんな目に遭うか完璧に知りながらも囚われの身になった、そこまでして訴えたいことがあったということが分かります。

アメリカの対テロに関する考察が行き着くとこまでいった感じです。Hとユセフは、お互いの手を知り尽くした上で、「自分の要求をいかに相手に飲ませるか」を賭け、拷問という対話をしているのです。それを、良心的アメリカ人の代表者たるブロディ捜査官が、観客と同じ視点で行く末を見守るという感じですね。捜査官だから関与はしているのですが、情報量や心情としては、観客ともっとも近い立場にいます。

核爆弾で何千万人もの命が危険に晒される中、強い信念を持った犯人から情報を引き出そうとするとき、どこまでいかねばならないか。最後の手段しかなくなったとき、「俺がこれからやろうとしていることは、想像を絶する」("What I'll do is unthinkable.")とHは言います。黒頭巾を取ったときにユセフの前に現われる光景には、予想していたこととは言えゾッとしますが、それは拷問者であるHにとっても同じことなのです。Hは、精神安定剤と思われる薬を服用し、ある行為を行ったあとでは嘔吐してしまいます。

Hのあまりにもひどい拷問に立ち会うとき、周りの軍人たちが「自分は関与していない」と言いたいがために名札を外し、席も外す場面は、「軍人さえも責任を取りたがらない事態が、現状では起こりうる」ことをまざまざと物語っています。この映画がDVDスルーになったという事実自体が、ここで描かれているテロ対策の現実は、米国民が観たくもないものだったことを示唆しているのでしょう。

*1:粉川哲夫先生によると、H自身が軍の情報機関であるDIA(Diffense Intelligence Agency)に所属しているそうです。軍という組織に向けたHの笑いは自嘲だったのかもしれない。『粉川哲夫の「シネマノート」』「4デイズ」評→http://cinemanote.jp/2011-02.html#2011-02-22