高慢と偏見とステレオタイプ-『タッカーとデール 史上最悪にツイてないヤツら』感想

(Dir. Eli Craig, Tucker & Dale vs Evil. 2010. United States.)

ヒューマントラストシネマ渋谷で、『タッカーとデール 史上最悪にツイてないヤツら』を観てきました。

これは非常に面白かったです。以下、内容に触れています。

                                          • -

悪魔のいけにえ』、『13日の金曜日』の昔から、アメリカ製ホラー映画の定型として「高校生・大学生が湖や山のキャンプに行って凶悪な殺人鬼に襲われる」というのがあると思います。この映画も一見そのパタンを踏襲していると思わせる始まり方をします。

映画はPOVの手持ちカメラ映像から始まるのですが、これが『ブレアウィッチ・プロジェクト』や『REC』といったホラー映画を連想させます。その次に来るのが、高級車でドライブをする大学生たち。マリファナを吸ったりして、ハメを外しています。そこを不気味なピックアップトラックが通り過ぎていきます。乗っているのは、凶暴そうな顔つきをした労務者二人組です。ホラー映画に登場したら、リアルが充実した大学生たちに怨嗟を持ち、チェインソーで襲って来そうな二人組…。

この映画の面白いところは、この「リアルが充実した大学生を、僻んでそうな二人組」を主人公にしているところです。この二人が、実は大学生を僻んでなどおらず、ただ近くで休日を過ごす人々と仲良くしたいと思っているだけ。しかしリベラルであるべき大学生の方がガッチガチの偏見に囚われ、彼らを必要以上に恐れたことから、悲喜劇が起こります。

タッカーとデールは正直な労働によって、山中のささやかな別荘を購入した仲良し同士です。たまたまガソリンスタンドで一緒になった美人女子大生に一目ぼれしたデール。タッカーに応援されて勇気を振り絞って近づいて行きます。しかし、緊張のあまり強ばった表情、ボロボロのサロペット・ジーンズとネルシャツといったいかにも粗野な風貌と、たまたま手にしていた草刈り鎌で、大学生たちを怖がらせてしまいます。

大学生たちはなぜかタッカーとデールが自分たちを襲う目的で追いかけてきていると思い込むのですが、その原因がおそらく「ホラー映画の観すぎ」なんですよね。「無知な田舎者は危険」、「知的で裕福な大学生を僻んでいる」等、ホラー映画でいろいろなコードを覚えて、それを現実の人間に当てはめることから彼らは危険な目に遭います。したがって、彼らに起こる悲劇は自業自得なんです。ある種のステレオタイプをもって他人に接する危険性がこの映画ではよく描かれていると思いました。あと、大学生の一人が「ストックホルム症候群」の話を持ち出すのですが、「大学で受けた教育が偏見を助長させるためだけにしか機能していない」という皮肉が効いててよかったです。

一方、タッカーとデールも大学生たちが自分たちの周りで次々と勝手に死んでいくので、「あいつらは集団自殺しようとしてる!」("This is a suicide pact!")と思い込んで、恐れおののきます。この二人は物語上は偏見の被害者なのですが、その振り回され具合が超キュート。キュンキュンしました。

タッカー達が新たにゲットした山小屋がまた、『悪魔のいけにえ』に出てきたみたいなおどろおどろしいあばら家で、わけのわからない白骨が吊るされてたりします。この見た目がまた大学生の誤解を助長します。その家の横には『ファーゴ』に出てきたみたいなウッド・チッパー…。何かが起こらない方がおかしいです!あと、終盤の農作業小屋のシーンでは明らかに『13日の金曜日』シリーズへのオマージュと思われるシーンがありました。

大学生たちと二人組は互いに"Hillbilly"(「田舎野郎」)、"College Kids"(「大学生の坊やたち」)と呼び合い、お互いをある種のステレオタイプでしか捉えていません。しかし、所属する社会階層は異なれど、偏見に囚われない人間同士が話し合いを通じて少しずつお互いを理解していく様も描かれています。そのため、非常に爽やかな印象が残りました。

ただ一つ残念なのは、「殺人鬼的気質は遺伝する」という、これも一つのステレオタイプに則ってある登場人物の造形がなされていることです。類型を批判した作品が、類型を強化させるようなオチを付けるなら片手落ちじゃないか…と思いましたね。いちばん固定観念に囚われてタッカーとデイルを攻撃した人物がその類型に当てはまっていたので、強烈な皮肉ととらえるのがいいのかもしれませんが…。

                                                      • -

今年になって初めて劇場で観たのがこの作品でした。早くも私的年間ベスト10に入るのではないかと思われる面白さでした。