ハリー・ポッター青春白書−『ハリー・ポッターと謎のプリンス』感想

(Dir. David Yates, Harry Potter and the Half-Blood Prince, 2009. United Kindom, United States.)

シリーズを追うにつれますます画面が暗くなるなか、人間界の喫茶店でハリーが美人ウェイトレスからナンパされるチャラいシーンで幕開け。ここでハリーが口臭を気にしてガムを噛んでいるシーンがTwitterでも「マジキモイ」と評判になっていた。今作ではハリーやロンがナンパというか女の子に関してフラフラするシーンが多く、「ああ、あのあどけなかった彼らもそういうお年頃になったんだなあ」と思った。


以下、印象に残ったシーンを列記。例によってネタバレ気味でございます。

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登場人物の変化に関し気づいた点:

・父ルシウスが逮捕されたために、ますます悪の道へと進むマルフォイ。

・ロンの妹ジニーの方がハリーよりも背が高くなっている。クィディッチでも頼りないキャプテン、ハリーに代わって部員を一喝して黙らせるなど、目覚しい成長ぶり。

・ロンの双子兄ジョージとフレッドはなぜか魔法駄菓子屋経営。学校卒業したのか。

・ハリーの顔、ますます「どこにでもいる風情」になってきてる気が・・・。「友達の○○君に似ている」という話をよく聞くのだが、私の場合大学院の後輩のS田君にそっくりだ。マルフォイに鼻を蹴られて怪我したハリーに「僕の顔どう?」と聞かれ、ルーナが「とってもフツーだよ」("exceptionary ordinary")と答えるのだけれども、ますますどこにでもいるメガネ男子になってきてるんだよな。ちなみにハリーは列車で話を盗み聞きしてばれマルフォイに蹴られるんだけれど、列車の床に伸びているときのハリーの無能感が半端ありません。

・ロンが女の子に言い寄られる。クィディッチの選抜試合、ハーマイオニの呪文によるアシストのおかげで、コーマックとのキーパー争いで勝ったとも知らずに、言い寄ってきた発情系ミニスカ女子に簡単になびくロンはまじでダメな奴です。

・大人になりつつある3人。パブでバター・ビール(ノン・アルコール?)を飲む場面もある。

・ルーナのコスプレもレベルアップ。ライオン・キングみたいなかぶりものして食卓に向かうルーナ最高!

・若き日のヴォルデモート卿であり、ホグワーツの生徒だった頃のトム・リドルが出てくるんだけど、目が覚めるような美少年が演じている。主人公の容貌が若干地味化しつつあるシリーズへのテコ入れかもしれない。ハリーは後半、ダンブルドア校長に「髭が伸びとるぞ」と言われるシーンがあり、成長の証なんだろうけど、10代半ばでそんなにオッサン臭い方向に行かなくてもいいのに、と思った。


魔法の世界はファンタジーだけでなくホラーでいっぱい:

・マルフォイに呪いのネックレスを渡され、それに触れた少女が空中に大きく腕を広げて十字架の姿で浮かぶ、『エクソシスト』的場面がある。その直前に目を剥いて絶叫するんだけど、これはもうホラー映画の顔です。

・後半、ハリーとダンブルドア校長が分霊箱の在り処でゾンビみたいな半裸の集団に襲われるシーンがあり、これまたホラー映画のようだった。


ティーン恋愛物としての『謎のプリンス』:

自分とのキスの可能性を全否定したロンが、押しの強い女の子に強引にキスされて受け入れているのを見てブタ鼻で泣くハーマイオニ。可愛すぎる。「ジニーとディーンの様子を見てるあなたを見て、あなたなら(ロンに対する私の気持ちを)分かってくれるんじゃないかと思って」と、ハリーに共感を求める。あぶれた者同士の共感が成立し、ハーマイオニとハリーの恋愛が成立しそうなんだけど、なぜかハーマイオニはハリーをクリスマス・パーティには誘わない。

ラヴェンダーというミニスカ女子にキスされて易々となびいてしまう尻軽男子ロン。彼女との仲を"It's chemical"と言う。男女のつながりを"chemistry"と言うのには「性的魅力をお互い感じていること」や「男女間の化学作用のような相性のよさ」を指すので、「ロンも成長したなあー」としみじみ(こればっかり)。「彼女キスばっかりするんだ」なんて言ってるので、ラヴェンダーとしてはそこから一歩先に進みたかったけれど、ボンクラのロンは応じなかったっぽい。ボンクラというより、スラッカーだな、彼は。*1 

しかし、ある事件*2で病室で臥せっているロンを見舞ったときに、ハーマイオニとラヴェンダーが鉢合わせするシーンで、ロンがどちらを大事に思っているか分かる。ここでの二人の服装は明確に対比されていて興味深い。ズボンを履いてるハーマイオニと、ミニスカのラヴェンダー。結局うなされるロンが無意識のうちに名前を呼んだのがハーマイオニだったので、彼が誰を求めているかはっきりと分かり、一件落着。

主人公について言うと、いつの間にか初恋相手チョウがいなくなっていて、ハリーの関心はジニーにシフトしてる。この年頃の男の子の心ってのはクルクル変わるよね。ジニーともいい雰囲気になってキスするんだけど、「前作ではチョウ、今作ではジニーか。『ビバリーヒルズ青春白書』並みのサイクルの速さだな!」と思った。


スラグホーンの記憶の改竄:

トム・リドルに禁じられた魔法について聞かれるが、叱責して追い返したというスラグホーン先生の記憶映像を、ダンブルドア校長から見せられるハリー。しかしそれはスラグホーンの中で改竄された記憶だった。実際の対話の顛末を探り出すようハリーに命じる校長。記憶を糸みたいにこめかみのあたりから引っ張り出して試験管に入れ、それをたらいの水にたらして記憶を映像化するという手順は面白い。

トム・リドルとの対話内容を聞き出そうとするハリーだが、スラグホーンは固く口を閉ざしている。やっと彼が重い口を開くのは、ハグリットとハリーとともに巨大クモの死を悼んだときだ。アクロマンチュラ種の巨大クモ*3の死体を前にして、「名前はアラゴク。友達だった」と涙を流すハグリット。彼は森に住み、子供たちと自然界との橋渡し役を果たしているのだが、普通なら誰もが忌避するであろうクモの死を悼むこの場面は、シリーズ全体を通して観ても名シーンだと思う。


ダンブルドア校長、水責めシーン:

スラグホーンの実際の記憶を見たことで、トム・リドルが「分割した霊魂を保存する装置」であるホークラックス(分霊箱)の存在を知ったことを察知したハリーと校長。二人は分霊箱のある場所に向かうが、それを取り出すためには上に張られた毒水を飲み干す必要があった。若いハリーに「わしがなんと言っても水を飲ませ続けるのだ」と言う校長。一口で顔が青黒くなるが、ハリーは水を飲ませ続ける。愛する人を苦しめても目的を達成しなくてはならないこのシーンは凄まじい。シリーズ中でも屈指の試練だと思う。「ハリー、水を・・・」とブルブル震えながら言う校長に対し、なかなか水が汲めない後の展開を含めて。校長がこんなに苦労したのに、結局分霊箱はRABという人物がヴォルデモートから盗んでいたことが判明する。ここに至って登場する謎の人物RAB。次作へのフリも抜かりないな!


謎のプリンスとは誰だったのか?:

ハリーは書き込みでいっぱいの薬学の教科書(題は"ADVANCED POTION MAKING")を手に入れる。そこには「半純血のプリンス」("Half-Blood Prince")という署名がしてある。このプリンスとは誰か、というのが本作のサスペンスの一つだ。

タイトルと若き日の美貌から考えて、「謎のプリンス」とはヴォルデモート卿かと思ってたんだけど、違う人物だった。しかし黒ずくめで芝居がかった所作がキマッてるあの人のことだと知ったときは、深く納得したのだった。

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感想まとめ:

シリーズ後半の方が登場人物の苦悩が深まってて好きですね、私は。大切な人をどんどん亡くしていき、暗さ一辺倒になってもいいはずなのに、心変わりしやすいティーンの恋愛の悩みも同時に描いてて、バランスがいいと思いました。ハリーの成長、ハリーを取り巻く大人たちの過去、ホグワーツにおける恋愛事情、どんどん悪くなっていくマルフォイ君の行方など、いろんな視点から楽しめるこのシリーズは、やはり見ごたえがあります。どれもこれも2時間超えなので、劇場で見るのは私の体力&年齢ではキツイものがありますがね!

*1:slacker: 特に1990年代の無関心・無気力・無目的・高学歴の若者。【ジーニアス英和辞典】

*2:ほかの女子生徒がハリーに宛てた惚れ薬("LOVE POTION")を間違って飲んだことが原因でロンは寝込んでいるのだが、ここでも「ケミストリー」が成立していることが分かる。こちらは薬品による化学作用的なものだけど。

*3:前々作『炎のゴブレット』でもクモが出てきた。