"HE WHO MUST NOT BE NAMED RETURNS"−『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』感想

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』を観ました。(Dir. David Yates, Harry Potter and the Order of Phoenix, 2007.
United Kingdom, United States.)

以下、感想というか気づいたことの覚書。

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ハリーの孤独と老いの演出:

このシリーズには両親を失い天涯孤独な少年ハリーが周囲の友人や大人に助けられ、家族を作るというテーマが通底していると思うのだけど、今回はそれが特に強調されていた気がする。

いきなり『ファースター 怒りの銃弾』のような渋い色褪せた色調で始まる。ブランコで一人たそがれるハリー。そこへ登場するいじめっ子のダドリー。ハリーが居候している親戚の息子なのだが、ハーフパンツにタンクトップで、なぜかB-Boyのようになっている。グッと現代風なワルを演出。それに比べハリーは、前作と比べて髪が短く物語展開上終始沈んだ表情で、一気に老けた印象。ハリー、ますます暗くなっている・・・。

ディメンター(吸魂鬼)が出てきて二人を襲うのだが、ハリーは魔法で撃退する。自衛のため以外に人間界で魔法を使ってはいけないという魔法界の規律を破り、ホグワーツ魔法学校から退学処分の告知を受けるハリー。唯一の居場所を奪われそうになるという危機感の演出、もし私が子供だったら泣いてたかもしれない。魔法省で行われた懲戒尋問で、ダンブルドア校長の弁護とミセス・フィッグの証言により無罪放免となるハリー。地味なジャケット、タックインした青いシャツ、スラックス、黒いベルトと、このときハリーの服装の冴えなさ加減が半端ない。やはり一気に老けた印象。

ヴォルデモート卿への恐怖から、彼の復活を信じようとしない魔法省と、前作『炎のゴブレット』終盤に彼と戦い撃退したハリーの証言は食い違う。ここからもハリーの孤独がますます増幅される。怒りっぽくなり、心配してくれるロンにも八つ当たりしてしまうハリー。


ヴォルデモート卿の呼び方:

この映画を観ていて気づいたのは、ヴォルデモートの呼び方には三つあるということ。

ハリーはダイレクトにヴォルデモートと呼ぶ。
魔法省や魔法界のマスコミは「あなたもご承知のあの人」("You know who")とか「名前を言ってはならないあの人」("He who must not be named")などと呼ぶ。
ヴォルデモートの手下や信者は「闇の帝王」(The Dark Lord)と呼ぶ。

終盤に、ハリーのことを信じたハーマイオニが、勇気を出して「ヴォルデモート」と口に出す場面がある。この名称の三つの区別は、「恐ろしすぎるから名前を口に出すのもはばかられる」という恐怖の対象としてのヴォルデモートを、よく表していると思った。


アンブリッジの教育改革:

「闇の魔術に対する防衛術」("Defence against Dark Arts")の教授にアンブリッジが就任。どうでもいいことだけど、彼女は就任演説で
"witches and wizards"(魔女と魔法使い)という言い回しを使う。魔法界では女性の方が先に呼ばれるんだな、と思った。このアンブリッジ先生は明らかに教育に向いていない教員で、実践の授業は行わず、理論の丸暗記という思考停止の授業を行い、気に入らない生徒には羽根ペンで血文字を刻ませる恐ろしい体罰を執行する。

彼女がハリーに体罰を行うきっかけは、ヴォルデモートの名前を彼が連発したからで、「嘘はつくべきじゃない」("I Must Not Tell Lies")と血文字で書かせる。彼女もヴォルデモートの復活を信じようとしていない。

魔法省の上級次官であるアンブリッジが登場するのはホグワーツ魔法学校に優秀な生徒を供出するよう圧力をかけるためなのだが、名目上は「ダンブルドア校長のだらしない教育のせいで堕落した学力低下問題にテコ入れをするため」ということになっている。

いろいろな教員の授業に同席し、ダメ出しをしていくのだが、予言の授業を行っていたトレローニー先生が自分に関して行った予言が気に食わなかったために、彼女を解任する。そこでマギー・スミス演じるマクゴナガル先生とイメルダ・スタウントン演じるアンブリッジが対峙するのだが、ここで初老の女性と中年女性が「ミネルバ」と「ドローレス」とファースト・ネームで呼び合う際の迫力が凄かった。なんか過去に因縁でもあるんじゃないかと思った。原作読めば分かるのかもしれない。

このアンブリッジという人は非常に抑圧的人物で、猫を皿の中に閉じ込めて壁掛けみたいにして飼っている。この映画では「ハリーを理解しない大人」の象徴のような存在。「秩序がいるのよ」("I will have order!")と言うので、ガッチガチに子供たちを型に押しこめたがっていることがよく分かる。


前作の踏まえ方:

前作『炎のゴブレット』では、最初にクィディッチのシーンが出てきて前々作『アズカバンの囚人』を踏まえていることが分かる。今作でもドラゴンでロンドンまで移動する場面が出てくるが、これが前作の三大魔法学校対抗戦でドラゴンを潜り抜けて金の卵をゲットしたことを踏まえているように思う。前作では強敵だったドラゴンを飼いならしたことを表しており、生徒たちの魔法使いとしての成長を表していてうまい。


いじめられっ子だったセブルス・スネイプ:

ヴォルデモート卿がハリーの心に侵入しないようスネイプ先生が心の防御術を授けるのだが、訓練途中でハリーはスネイプの心に入り込んでしまう。そこで目撃するのは背中に張り紙をされて気づかないまま冴えない顔で歩き、一人ぼっちで体育座りをし、ハリーの父やシリウスから魔法でズボンを脱がされるイジメを受ける若きセブルスの姿だった。ハリーの父親はイジメっ子だったという衝撃の事実が明らかに!


ゲイリー・オールドマンのシリウス・ブラック:

この映画の長髪横分けパーマのゲイリー・オールドマンはオールドマン史上最高の格好よさなんだけれども、セブルスの心象風景シーンで若き日のシリウスを演じている役者さんのゲリマン格好よさ再現度は半端ないと思う。前作『炎のゴブレット』では「暖炉の火」という形でしか出番がなかったシリウスだか、今作では活躍。『不死鳥の騎士団』のリーダー的役割を果たし、名付け親としてハリーの精神的支えになる。魔法使い純血種の元貴族シリウスは、『ロード・オブ・ザ・リング』に出てきたゴラムのようなクリーチャーを飼っていて、このクリーチャーが絶えず下を向いて何か文句を言ってるのがツボだった。

ヴォルデモートの策略により、絶えず怒りが湧いてくるハリーに対しシリウスが言う、「君はいい人間だ。悪いことが降りかかってるだけで」という台詞は今作のベスト・ラインだと思った。

結局シリウスは従姉妹でヴォルデモートの配下にあるベラトリックスに止めをさされるんだけど、今作で初登場したヘレナ・ボナム・カーター演じるこの魔女のハマリっぷりは半端ない。いい仕事してます。


不思議少女ルーナ:

「変人」("Looney")というあだ名のルーナという不思議ちゃんが登場し、同じくいじめられっ子気味のハリーと心を通わせる。ヴォルデモートの「ハリーを孤独にさせるための策略」によりイライラしがちな彼は、いつも一人でマイペースに行動する彼女と心の交流をしていく。演じているのはイヴァナ・リンチという子役の人なんだけど、オーディションでこの役を勝ち取ったそうだ。不思議な空気感を醸し出していて、シリーズを通じ最も魔法少女のパブリック・イメージにはまっている人なのではないかと思った。


ハーマイオニとロンの掛け合い:

この映画でハリーは東洋系の美少女チョウとファーストキスを経験し、ハーマイオニとロンに報告。「彼女泣いてるみたいだった」と言うハリーに対しロンが「お前のキスが下手だったからじゃねえの」とからかう。ハーマイオニがなぜか「ハリーのキスが下手なはずないわよ!」と猛烈に弁護。「ボーイフレンドだったセドリックが死んで、アンブリッジ先生からは呼び出しを受け、試験直前で情緒不安定になってるのよ」とチョウの心情を的確に説明する。それに対しロンが呆れ顔で「一人の人間がそんなに感じてたら爆発しちゃうよ」と答えると、「あんたは匙一杯くらいの感情しか持ってないもんね」とハーマイオニにキレられるんだけど、ここロンのボンクラぶりを表してていいと思った。それにしてもハリーには素直に友情と愛情を示すのに、ロンにはツンケンしてしまうハーマイオニ、あまり使いたくないけどツンデレって言葉がこんなにふさわしい外国映画のヒロインも珍しい。


ヴォルデモートの侵入を跳ね返すハリー:

ハリーの心はなぜかヴォルデモート卿と通じ合っており、だんだんと心が侵食されていく。終盤の戦いで、友やシリウスとの絆を思い出し、自分を取り戻すハリー。ここで「弱いのはお前だ。愛も知らず、友情も知らない・・・お前のことを哀れに思う」("You're the weak one, and you never
know love or friendship...and I feel sorry for you.")と言うのだが、やはりハリー・ポッターのような独創的な物語も「愛や友情」といった少年ジャンプ的主題からは逃れられないのか、と思った。まあ各登場人物がその退屈さを補うくらい魅力的だからいいんだけれども。

ヴォルデモートを撃退したハリーとダンブルドア校長のもとに魔法省の役人がやってきて、ついに彼らも卿の復活を信じ、新聞でも「名前を呼んではならないあの人が復活」("HE WHO MUST NOT BE NAMED RETURNS")と報道され、今作は終了。

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感想まとめ:

ハリーが「ヴォルデモートと自分は違う」と自覚し、内面の葛藤を克服するまでのプロセスが明示されていて、やはり優れたビルドゥングス・ロマンだと思う。「愛と友情が孤独を救う」という導き出される結論自体は何度も使い古されたもので退屈だけれども、それに至るまでのプロセスがやはり素晴らしい。

それにしても、マイケル・ギャンボン、マギー・スミスジュリー・ウォルターズエマ・トンプソンヘレナ・ボナム・カーターデヴィッド・シューリス、そしてヴォルデモート卿を演じるレイフ・ファインズと、英国を代表する俳優が勢ぞろいしているこのシリーズは、やはり超豪華だと思った。