“Tom Cruise, Tom Cruise. Does whatever Tom Cruise does.” −『ナイト&デイ』感想


『ナイト&デイ』(2010, D. ジェームズ・マンゴールド)を観た。



所属していた組織から裏切り者とされ、追われる身となったシークレット・エージェントと、空港で彼と出会ったことにより逃避行に巻き込まれてしまう女性のラブ・ロマンス。



トム・クルーズキャメロン・ディアスの目尻の皴、容色の衰えつつあるハリウッド・スターという感じで悲しかったが、「カラスの足跡は笑い皴!」と思い込むことにする。



以下、ネタバレ感想。




結論から言うと、非常に面白かった。



トム・クルーズトム・クルーズっぽいことをし、キャメロン・ディアスキャメロン・ディアスっぽいことをする映画です。



両者が過去の映画で培ってきたパブリック・イメージを活用し、「それっぽいシーン」は「ほら、この人過去の映画でこういうアクションやってたでしょ、あれ思い出してください」と省略される省エネ設計。しかしそこにこそ、この映画のメッセージがあると見た。



キャメロン演ずるジューンは劇中、トム・クルーズ演ずるロイに三回眠らされる。それとともに、画面も暗転する。



一回目は、トム・クルーズ演ずるロイの超人的手腕により、墜落寸前に胴体着陸させられた飛行機から脱出したあとのシーン。目が覚めるとジューンは自分の家で寝ている。



二回目は、スペインの武器商人アントニオの手下に捕えられる直前。パニックになったジューンを落ち着かせるためだ。意識朦朧のジューンの目に入るのは、敵によって宙吊りにさせられたロイがブラブラ振り子のようになりながら、「大丈夫だからね、何も心配いらないから」と言う姿。そんな状態で何を言ってんだかという感じだが、そこはほら、トムクルだからなんとかするだろう、という「過去の映画思い出して適当に補ってくださいね」仕様。敵を倒すロイの断片適映像。朦朧とするジューンの意識はまた暗転。今度はヘリに乗っているようだ。目が覚めるとロイが所有する南の島。



三回目は、南の島での飛行機との銃撃戦の途中。目覚めると今度はアルプス沿いに走る列車の中である。



上記から明らかなとおり、この映画はさらわれた女性視点で人間離れしたスパイ・ヒーローの活躍を見る構成。トムクルに振り回されて、風光明媚な無人島やセビリアに連れていかれるという展開で、非現実世界に観客を連れて行く。トムクルのスパイ的活躍シーンが省略されているのは、おそらくこの映画の主眼がそこには置かれていないからである。



一言で言ってしまえば、この映画の主眼は男女の力関係の揺れ動きにある。



ロイは圧倒的に非現実的に状況を支配する"in control”な人物として、ジューンの生活に闖入してくる。なにしろC. I. A.の追っ手をまきながら、自分が巻き込んでしまったヒロインの命を守りながら、悪者たちの追う永久電池ゼファーと、その開発者である高校生を助けようとしているのである。



この時点でロイとジューンの状況支配率は、100対0くらいである。




それは、以下のロイの台詞に端的に表れている。

ロイがジューンをさらっていった際に「組織から君の命を守るためだったんだ」ということを端的に伝えるために言う台詞:“Your life expectancy is, with me, like here. [胸の辺りに手を持っていく仕草] Without me, it's here. [腕を思い切り伸ばし、手を腰の辺りに持っていく仕草]” (何度も繰り返す)



「君が助かるかどうかは僕次第」と言っているに等しい。



ジューンは力ずくでロイにより命がけの逃避行に引きずり込まれる。



ジューンはおそらくアラサーかアラフォー世代。妹は結婚式を控えているのに、自分は父親の自動車修理工場を継ぎ、女性らしさとは縁遠い生活を送っている。しかし結婚できないわけではなく、堅実な消防隊員の元カレと結ばれれば、退屈で平凡ではあるが、妹と同じような平均的ファミリーは築けることが目に見えている。



しかしそんなヒロインがファミレスで昔の彼氏に「楽しかったろ、親戚とホームパーティしたり、ブルーマンのライブ行ったりさ」と復縁を迫られている最中に、非現実的なロイが闖入してきて、銃で脅しながら彼女をさらっていく。


トム・クルーズに平凡な日常から無理やり覚醒させてもらいたい!と思っている女性たちのニーズに完璧に応えている。(←彼が信者となっているサイエントロジーのことを考えると洒落にならないが。) トムクルに引きずり回されたい願望を叶え、なおかつ、奴の強烈な引きに同じくらいの力で応えるためには、どのような女性にならなければならないかまで描いている。グルメ、美しい自然による癒し、イケメンとの恋などをエサとする女性の願望エクスプロイテーション映画は多い。しかしこの映画は、女性が与えられるばかりの受身の存在に留まってはいけないというところまで暗示している点がすばらしい。



以下、二人の力関係の変化を、ざっと見ていく。



当初、ジューンはスパイ映画的には戦闘の埒外であり、戦力外である。



ジューンが飛行機のトイレに入ってメイク直し、ブレスケアなど、女としての戦闘準備を行っている最中に、ロイは組織の追っ手と銃撃戦。ジューンが準備完了しトイレから出て行くと、すでにロイは敵をすべて抹殺し、パイロットまで始末したために飛行機は墜落寸前である。



ロイの元上司が彼と行動をともにする彼女の存在を知り、"Is she a player?”と部下に聞く場面がある。ジューンの身元調査をした部下は、 “No, she’s just nobody.”という答える。


「われわれの筋書き上、彼女は考慮する必要のない存在」という意味だ。



しかし最後に、これまでのロイのやり方でジューンは彼を死の淵から助け出す。暗転するロイの意識の中、「心配いらないわ」と言いながらどこかに彼を連れて行っているジューンの断片的映像。



バッシバッシとミットに剛速球を投げ込まれていたバッターが、九回裏ツーアウトの場面、フルスイングで逆転サヨナラホームランを打ったような印象だった。



前述の"Your life expectancy is, with me, here. [胸の辺りに手を持っていく仕草] Without me, here.”という台詞。これが終盤になると、ジューンからロイへの求愛の台詞、ロマンティック・コメディの台詞に見事に転ずる。



“You’ve got to go there with me, or without me.”と、憧れの場所にロイを誘うジューン。“With you, definitely.” と応えるロイ。



ここで非現実世界に誘う役割が男性から女性に反転している。あのトム・クルーズが、女性に助けられ、おまけに憧れのリゾート地に連れて行かれるのですよ!!それまでの全能感を剥ぎ取られ、女性に引きずりまわされるトム。「トムがコメディ映画の世界にクルー」と思ったのでした。



追記:

1. “Night and Day”は、「昼も夜も、昼夜の別なく、いつも」という意味の熟語。この映画における「二人がいつも一緒にいること」という設定は、ロイが劇中ジューンを守るためにダイナーに迎えに行ったとき、元彼氏の前で言う台詞、“Maybe I didn’t make it clear enough, but we gonna have to stick together.”(「はっきりさせてなかったかもしれないけど、僕らは一緒にいなきゃだめだ」)に表れている。この “night”をロイの苗字であり、「女性を守る騎士」という意味の “Knight”とかけている。



2. 感想タイトルの ““Tom Cruise, Tom Cruise. Does whatever Tom Cruise does.”は、 “The Simpsons”のホーマーが歌う名曲 “Spider Pig”から取りました。 “♪スパイダーピッグがスパイダー・ピッグぽいことするよ”という歌。