俺の車は耐死仕様−『デス・プルーフ』感想

DVDで、『デス・プルーフ』を観ました。(Dir. Quentin Tarantino, Death Proof, United States, 2007.)


やはりクエンティン・タランティーノは、何度観ても面白い映画を作る監督だと思いました。以下、内容に触れています。

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この映画は二部構成になっており、前半の舞台はテキサス州オースティン、後半の舞台はテネシー州レバノンです。


前半は、ショーパンに生脚の女の子が、おしっこを我慢するために股間をおさえて小走りになっているシーンから始まります。その際このバタフライという女の子の顔は一切映さず、股間とお尻だけをカメラは追っています。


ラジオのDJであり最近街の看板娘となったジャングル・ジュリアも、足を車の窓から投げ出して後部座席に乗っています。彼女は黒人で、演じているのはシドニー・ポワチエの孫娘です。後半で出てくるロザリオ・ドーソンやトレイシー・トムズに関してもこの上なく粋に撮られていて、タランティーノは黒人をかっこよく撮るのがうまい監督だと思いました。


街のファースト・フード店で食事をしていると、バタフライはDJのジュリアが自分のラジオ番組で、「自分のセクシーな女友達バタフライが町にやってくる。酒を一杯奢って、詩を暗誦したら、ラップダンスを踊ってくれる」という噂を流していたことを知ります。


バタフライは当然怒り呆れるのですが、そこでジュリアがバタフライに言う台詞がいかしています。


Jungle Julia: But maybe a little later in the evening, you've had a few drinks, you're kind of losey gosey, you're safe
with your girls. Then some kinda qute, kinda hot, kinda sexy, hysterically funny looking guy comes over and say it;
then maybe you did it earlier and maybe you didn't.
(「でももしかしたら今晩、酒を何杯か飲んだ後、リラックスして、友達と一緒で気を許しているとき。そんなときに、キュートで、イケてて、セクシーで、気が狂うくらい面白そうな男がやってきてそれ(詩)を言ったら、そんときはあんたそれ(ラップダンス)をもうそれまでにやってるかもしれないし、やってないかもしれないわね」)*1


いわばジュリアは「ユー、いい男がいたらラップ・ダンスやっちゃいなよ」とバタフライをけしかけているのですが、そのときの様子がなんとも魅惑的で、バタフライもぼうっと陶酔した表情をしています。


とにかく若さを持て余すいまどきの女の子たちの勢いが素晴らしいです。グラインドハウス映画の雰囲気を出すためにわざとフィルムに傷をつけるなど古い質感で撮られていますが、ジャングル・ジュリアは携帯電話を使っているので、舞台は現代という設定です。ジュリアが憧れの映画監督クリスにメールを送る場面にはなぜかメロメロのセンチメンタルな曲が流れるのも、普通の若い女の子の心情に寄り添っている風でよかったです。


そうこうするうちに、カート・ラッセル演じるスタントマン・マイクが登場します。ピザとナチョスを清涼飲料でガツガツと汚く流しこむ姿を延々と映すタランティーノ。この映画にはまさに必要な猥雑さです。


ジュリアがスタントマン・マイクを観て「ザトウイチ」なんて言います。その前に、マイクの挙げる昔の西部劇の名前をバーの女の子たちが一つも分からないという場面が出てきているので、同世代の女の子がそれらの西部劇と同じくらい古い日本の侠客映画を知っているのが面白かったです。


バタフライが扇情的なラップ・ダンスを踊ったあと、マイクはバーで知り合った金髪の女の子パムを家に送っていくことになります。


ガラスで運転席と隔てられ、鉄パイプ椅子の快適とは程遠い助手席に座らされるパム。彼女を乗せたあと、マイクは観客に向かってニコっと笑い車に乗り込みます。スクリーン越しに「いまから面白い見世物を見せてやる」と言われているような不気味さがありました。


パム殺害後、マイクはバタフライたちの車を追います。バタフライたちはマリファナやアルコールでハイになっており、ラジオから流れてくるデイヴ・ディー・ドージー・ビーキー・ミッチ&ティッチの曲をガンガンにスピーカーから流しています。この曲、かなりかっこいいです。だんだんと盛り上がっていく曲調に合わせ、マイクが猛スピードで近づいてきます。


曲と彼女たちのテンションが最高潮に達したときに、彼女たちの車とマイクの車デス・プルーフが正面衝突します。


ジュリアのご自慢の長い足が千切れ、マイクをラップ・ダンスで誘惑したバタフライの美しい顔をデス・プルーフのタイヤが削る…。


交通事故の瞬間自体にオーガズムを感じる変態たちを描いた映画に、クローネンバーグの『クラッシュ』があります。あの映画では自分の体に事故が残した傷跡をフェティッシュに愛でる男女が出てきました。マイクの場合、暴走車で「複数の女性たち」に「一気に乗る」ことに興奮を感じているように見えます。


しかし観客がそんなことを考えていると、オースティンのシェリフが出てきて、マイクの動機について「セックスの代替行為」と、通常ならFBIのプロファイラーが行うような心理学的分析をさっさとしてくれます。まるで観客に、「マイクの動機なんて野暮なことに頭を悩ませないで、映画を楽しみなよ」と言っているようです。傑作なのは、「これが事故ではなく殺しであることをシェリフは分かっているのになにもしない」ということですが。


こうして殺人の証明を面倒臭がったシェリフの怠慢のために、殺人スタントマン・マイクは野に放たれます。

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映画の後半で出てくるのは、スタントマン、メイク係、女優といった、映画業界の女性たちです。このちょっと年上の女性たちがこの上なくかっこいいです。


次の獲物の4人組を見つけるマイク。アバナシー(ロザリオ・ドーソン)の足の裏を舐めてばれそうになると、予め落としておいた鍵を拾う振りをするあたり、ド変態です。


チアリーダーのコスプレをした女優のリーを演ずるのはメアリー・エリザベス・ウィンステッド。雑誌に載るようなカワイイ娘ばかり狙うマイク。と思いきや、お目当てはグループでいちばん目立つジャングル・ジュリアやリーではなく、バタフライやアバナシーといった二番目くらいに可愛い女の子なんですよね。不思議。

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前半でも後半でも、かしましいガールズ・トークが出てきます。その内容が、「どんな男と付き合ってるか」で、非常にリアルでした。「どこまで行った?」という話をしていることは前半も後半も同じで、”make out”(「いちゃいちゃする」)という言い回しが何度も出てきましたね。


アバナシーの誕生日に元夫が「音楽テープ」をくれたと聞き、女たちが「ロマンティック!!」とテンションが上がる場面があるのですが、どうなんですかね、音楽テープって。あのくらいの女性たちになると、音楽テープって一周回って嬉しいものなんでしょうか。


「ファックさせるとregular(いつでもセックスさせてくれる女)と見なし、恋人にはなれなくなる。ファックさせないと、敬意をもって接してはくれるけれども、自分がファックできない」=「どのみち恋人にはなれない」という『キャッチ22』的状況が出てきます。こういうリアルなダイアローグが出てくるところがいいですね。


ランチを取るカフェでは、車の話が出ます。ニュージーランドからアメリカに来てすぐに、『ヴァニシング・ポイント』のコワルスキーが乗っていたダッジ・チャレンジャーを探すゾーイ・ベル。かっこよすぎます。


「女の子が観る映画の定番」といった感じで『プリティ・イン・ピンク』といったジョン・ヒューズ映画の話題も出ます。日本ではそれに当たる映画が思いつかないのが悲しい。「女の子向けの映画」として、ジョン・ヒューズ映画がちょっとバカにされてる感じもリアルでした。


やっと試乗させてもらったダッジ・チャレンジャーのボンネットの上で股を広げるゾーイ・ベル。田舎シェリフがマイクに関して簡単に見抜くように、セックスの比喩でしょうか。眼を細めて微笑ましげに双眼鏡で見つめるマイク。彼の車の先端には、ペニスを思わせるアヒルのエンブレムが付いており、女性たちの車を追い上げる際に何度も大写しになります。


それから"レディース"とマイクの追走劇になるのですが、ボンネットにしがみついたゾーイとガンガン後ろから突くデス・プルーフを観て、車を使ったセックスの話だと思いました。マイクもゾーイもスタントマン同士なので、なかなか勝負がつきません。


散々彼女たちの車を追い掛け回したあと満足したのか、“Ladies, that was fun!”と親指を立てて満面の笑みで言ってしまうマイク。勝手に良きライバルと認めている感じで、こちらも爆笑です。


当然怒り狂った女性たちが反撃に出て、最終的にマイクをタコ殴りし、万歳をした瞬間に映画は終わります。終わったと思ったら、ロザリオ・ドーソンがまっすぐに脚を伸ばしてかかと落としをするショットが最後に来ます。かっこいい。

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まっすぐに伸びたアメリカの道路とタフ・ガールズ、このほかには何もいらない。そんな力強さに満ちた、一筆書きのように潔い映画でした。車がめちゃくちゃに壊れていく過程自体を楽しむ映画でもあります。


『ヴァニシング・ポイント』、『ブリット』、『フレンチ・コネクション』といった車映画をもう一度観たくなりましたね。爽快。


ゾーイ・ベルともう一人の伝説的女性スタントマンJeannie Epperを追ったドキュメンタリー。『デス・プルーフ』の特典DVDで紹介されていた。観たい。

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