"It's MY turn to fuck YOU."−『アイ・スピット・オン・ユア・グレイブ』感想

シアターNで、『アイ・スピット・オン・ユア・グレイブ』を観てきました。(Dir. Steven Monroe, I Spit on Your Grave, 2010. アメリカ)


非常によくできた映画だと思いました。


いわゆるレイプ・リベンジ物です。
1978年にも"Day of the Woman"というタイトルで映画化されており(後に"I Spit on Your Grave"というタイトルに変えられた)*1、『発情アニマル』という邦題で知られています。


オリジナルの方は未見ですので、純粋にリメイク版だけの感想となります。


以下、多少ネタバレ。

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粗筋は以下の通り。田舎で執筆に専念しようと単身モッキングバードという別荘を借りたジェニファー・ヒルズ。道に迷って寄ったガソリン・スタンドで、現地の若者の誘いを断りプライドを傷つけたために、数日後の真夜中、別荘に侵入され襲われる。命からがら逃げ出したジェニファーだが、逃げた先で保護してくれたと思った保安官も乱暴者たちの仲間で、結局輪姦されてしまう。コトが済み保安官がライフルで撃ち殺そうとしたところ、ジェニファーは川に飛び込んで姿を消す。一ヵ月後、彼女の壮絶な復讐が始まるのだった。…


以下、この映画で優れていると思った点を列挙していきます。


"City Bitch"への憧れと「男らしさ」:


まず、田舎の乱暴者たちの目の前に、ジェニファーは一人で高価そうなSUVに乗って登場します。高級別荘であるモッキング・バードを一人で借りることから、彼らにはすぐに彼女が経済的に自立した自由な女性であることが分かります。彼女を最初に見かけたとき、仲間内では女性にモテることで知られているジョニー(実際もっとも見た目がよく、都会から来た女性のナンパにもたびたび成功しているらしい)は、「いい女がいて言い寄らないのは失礼」とばかりに彼女をナンパしますが、彼女は「それが口説くときの手口?」と軽くいなし、相手にしません。そこから、彼女のことを彼らは"City Bitch"と呼び、怨恨と征服の対象とします。彼らの内輪で持ち出される、「都市の女が田舎に来るときは欲求不満になっているから」という理屈付けは、非常に恐ろしいものです。また、「都会の男たちがお前の相手にならないのはなぜか分かるか?ホモ(faggots)だからさ」とも、ジェニファーに言います。「女性を性的に征服しない=同性愛者」という、明らかに間違った「男らしさ」の概念を持っています。この「力ずくの征服」=「男らしさ」の論理は仲間の知恵遅れの青年にジェニファーを犯すよう命令するときにも発揮され、「できないのか、ホモ野郎」などという台詞も出てきます。


保安官の身勝手な論理:


男たちに襲われかけて森をさ迷うジェニファーを、保護すると見せかけて率先して襲う保安官には、実は妊婦の妻と聡明で可愛い娘(保安官は「天使」と呼ぶ)がいます。この二人を彼は非常に大事にしており、「通りがかりの女性を強姦する悪徳保安官の顔」と、「家での良き夫・よき父」の顔を完全に使い分けています。個人的にこの映画でもっとも恐ろしいと感じたのは、レイプ・シーンの最中に娘から携帯に電話がかかってきたとき、この保安官が一瞬父の顔に戻り優しく通話し、電話を切ると一瞬で血も涙もない強姦魔の顔に戻る場面でした。自分の身内の女性は大事にするのに、ほかの女性は性欲の処理の道具として暴力的に扱う。そんな身勝手な「男の生理」を垣間見たようで、恐ろしかったです。自分の娘にChastity(純潔、貞節)なんて名前付けてるんですよ、この保安官。当然のちの復讐パートでジェニファーさんに、「どう思う、自分の娘が知らない男に犯されたら?」と問われることになります。


独創的な復讐方法:


ジェニファーを強姦する男性は5人いるのですが、彼女は自分がそれぞれの男性にどのように脅かされ、犯されたかキッチリ覚えています。なぜそれが分かるかというと、それぞれの男性の脅し方・犯し方をちょっとアレンジして(よりひどくして)復讐方法に使っているからです。


頸を絞めた男の頸には縄をかけます。
水たまりに顔を突っ込んだ男のためには風呂の水槽の上に吊るしてじわじわと溺死の恐怖を味わわせます。*2
輪姦シーンをビデオで撮っていた男の拷問シーンはビデオに収め、「いつまでもそうやって見ているがいい」とばかりにルドヴィゴ療法のようなやり方で瞼を閉じさせないようにします。
銃を無理やりくわえさせ、「歯を見せろ」と狂った要求をした男の口には鉄製のギャグをはめ歯を一本一本抜き、色男自慢だったその男性の大事なものをちょん切ります。
ライフルで股の間に触れ、後ろから犯した保安官の尻を、ライフルの長い銃口で犯します。


要するに、このジェニファーさんという人は、他人の行いを翻案しアレンジするアダプテーション能力に非常に優れているのです。


復讐者の素質:


復讐者としてのジェニファーさんがいかに優秀であるかは、以下の能力を備えていることからも明らかです。

・上述したアダプテーション(翻案、改変)能力。
・道具を使いこなす能力。彼女は、復讐に用いる日曜大工道具の使い方に精通しています。別荘の隣になぜか工具室があり、彼女はその中にあるロープや動物用の罠を駆使して復讐します。
・優れた観察力・記憶力。森をジョギングしている際に放置された掘っ立て小屋を見つけるのですが、強姦された後、この小屋に潜んで復讐の機会を待ちます。ジェニファーは小説家らしく普段から周囲の世界を観察し、記憶しています。この行為が、後の「あり物を徹底的に活用する」復讐劇に、非常に役立ちます。
・情報収集能力。保安官の娘が優秀な子供だけが入れる特進クラスに受け入れられたことを把握し(このことが保安官に知らされたのは、事件直後の彼の自宅です)、特進クラスの先生に化けて保安官の自宅を訪問します。


このように有能な割にはジェニファーさん、便器にブラックベリー携帯落として外部との連絡を断たれる、ワインを太ももにぶちまけてしまうなど、結構粗忽なところがあります。粗忽で無防備な女性でないと「都市部の女性が田舎の乱暴者たちに犯される」という話が始まらないのでしょうが、前半襲われるまでの彼女の無防備さと、後半の復讐計画の用意周到さのコントラストは凄かったです。


ジェニファーが小説家であることは、この物語において極めて大きな意味を持っていると思われます。彼女は男たちの襲撃以前に目にとめていた周りの風景や物を後の復讐に役立てますが、周囲を観察し、記憶する行為が習慣となっているのは、彼女が小説家だからです。そして、犯人たちが書きかけの小説の入ったノート・パソコンを燃やしたことが、ことによっては彼女がいちばんムカついたことではないかと私は考えます。あの独創的な復讐は、創作の代替行為であったのかもしれないとさえ思えるのです。

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陵辱されつくした後、復讐者となるジェニファーが最初に手をかけるのが仲間にけしかけられて彼女を強姦した知恵遅れの青年なのですが、彼の頸を絞める際に、カメラは上から彼女の表情を撮っています。ブルース・リーのような絶望的な気迫のこもった顔で頸を絞める彼女の顔だけで、復讐譚が始まることを宣言しているようで、秀逸でした。


いつもの如く散々書き散らしてきましたが、極めてまっとうな作りの復讐映画だと思いました。

*1:Dir. Meir Zarch, I Spit on Your Grave, 1978. アメリ

*2:エントリ・タイトルの"It's MY turn to fuck YOU."というのは、水攻めに遭ったこの男に、"Fuck you!"と言われてヒロインが返す言葉です。